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俺の知ってる戦国時代と違う! ~歴史知識が通じない世界で、優秀すぎる家臣たちが天下を目指す~  作者: チャプタさん


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第五十四話 義元の苛立ち

第五十四話 義元の苛立ち


尾張における一連の情勢は、駿府にある今川義元本隊にも、詳細に報告され続けていた。義元は、これまで、東海の巨大な独立国家を築くという、壮大な構想のもと、尾張の完全な吸収を目指していた。しかし、その構想は、いつしか、大きな停滞を見せ始めていたのである。


義元は、自らの居城で、これまでの尾張情勢に関する報告書を、丹念に読み込んでいた。彼の眉間には、次第に深い皺が刻まれていった。


「兵は、負けておらぬというのに、統治だけが、いつまでも進まぬ……」義元は、独り言のように、そう呟いた。


彼が特に注目していたのは、これまでの数々の報告に共通する、奇妙な傾向であった。今川方の軍勢は、決定的な敗北を経験したわけではない。むしろ、正面から激突すれば、その優位性は、いまだ揺らいでいないはずである。しかし、それにもかかわらず、尾張の統治は、まったく進展を見せていなかった。


義元は、傍らに控える重臣に、率直な疑問を投げかけた。「兵の力で負けておらぬのに、なぜ、統治ができぬのだ」


重臣は、慎重に言葉を選びながら答えた。「義元様。これは、従来の戦のあり方とは、まったく異なる状況にございます。信照方は、村々を、力で支配するのではなく、民の心を、自主的に取り込んでいくという手法を、取っております」


「民の心、か……」義元は、苦々しい表情を浮かべた。「そのような、曖昧なものを相手にして、いかにして、統治を進めろというのだ」


義元は、これまでの人生の中で、常に、力と経済的な支配力によって、勢力を拡大してきた。彪馬な軍事力、緻密な経済政策、そして、周辺勢力との、巧みな外交――そのすべてが、彼の成功を支えてきた確かな基盤であった。しかし、この尾張における状況は、そうした従来の成功法則が、まったく通用しないものであった。


「これまで、いかに多くの国を、我が手に収めてきたか」義元は、深いため息をついた。「されど、この尾張という一国だけが、いつまでも、我が手をすり抜けていくとは……」


重臣は、慎重に進言した。「義元様。いかがなさいますか。このまま、尾張への執着を続けるべきか、あるいは、いずれ、方針を改めるべきか」


義元は、しばし、深い沈黙に沈んだ。彼の心中には、複雑な葛藤が渦巻いていた。東海全体を、一つの巨大な独立国家としてまとめ上げるという構想において、尾張という豊かな地は、決して欠かすことのできない要素であった。それを諦めることは、これまでの構想そのものを、根本から見直すことに等しかったのである。


「まだ、諦めるわけには参らぬ」義元は、ついに、そう結論を下した。「尾張は、我が構想の要。これを手放しては、駿河・遠江・三河・尾張を一つにまとめるという、我が理想そのものが、崩れ去ることになる」


重臣は、その言葉に、深く頭を下げた。「承知いたしました。されど、義元様。これまでの方策を、いくら繰り返しても、成果は望めぬと存じます。何か、新たな一手が、必要かと」


義元は、その進言に、深く頷いた。「そうだな……。まずは、より多くの兵を、尾張へ送ることを検討せねばならぬ」


こうして、義元は、これまでよりも、さらに大規模な兵の派遣を、決意することとなった。この決断は、後に、拠点にとって、これまでにない大きな試練をもたらすことになるのだが、それは、まだ、先の話であった。


拠点においては、私は、こうした義元本隊での深刻な議論など、まったく知らぬまま、日々の平穏な暮らしを、静かに享受していた。ある夜、一益が、これまでの情報網を通じて得た、義元本隊の動向について、報告に来た。


「殿、義元本隊が、さらなる兵の派遣を検討しているとの由にございます」


私は、その報告に、思わず身を強張らせた。「え、また、大きな戦になるかもしれないのか……」


(訳:これまで、なんとか大きな戦を避けられてきたのに、義元本隊が本気になったら、俺たちは、どうなってしまうんだろう)


一益は、静かに続けた。「されど、殿。義元様が、いかに兵を送ろうとも、これまで殿が築き上げてこられた仕組みは、決して脆いものではございませぬ。民の心が、我らにある限り、義元様の軍勢も、決して容易には、この地を制することはできぬでございましょう」


私は、その言葉に、少しだけ安堵しながらも、深い不安を抱えていた。(本当に、大丈夫なんだろうか……。俺たちが、これまで積み上げてきたものが、これから、試されることになるのかもしれない)


その夜、私は寝所で一人、これからの日々に、確かな緊張を覚えながら、静かに考えを巡らせていた。義元の執着が、いよいよ本格的な形で、拠点の平穏を、揺るがし始めようとしていることを、私は、まだ十分に理解していなかったのである。

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