第五十話 もう頼らないでほしい
第五十話 もう頼らないでほしい
保護圏の拡大は、もはや、止まることのない流れとなっていた。日を追うごとに、新たな村、豪族、寺社からの相談や、忠誠の申し出が、拠点に届けられるようになっていた。私は、その対応に、次第に、精神的な限界を感じ始めていた。
ある日、拠点の広間には、これまでにない数の使者が、列をなして待機していた。それぞれが、自らの村や家の窮状を訴え、庇護を求めている。私は、その光景を見て、深いため息をついた。
(もう、これ以上、抱え込めるだろうか……。俺一人の力じゃ、みんなの相談に、一つ一つ、ちゃんと応えることなんて、できないのに)
一日の対応が終わった後、私は、疲れ果てた様子で、四天王を前に、率直な想いを漏らしてしまった。
「……もう頼らないで、自分たちで守れるようになってほしい」
私は、さらに続けた。「俺は、みんなを助けたい気持ちは、本当にあるんだ。でも、俺一人が、すべての責任を負うのは、正直、限界があると思う。それぞれの村や家が、自分たちの力で、しっかりと立てるようになってほしいんだ」
(訳:本当に、これ以上、抱え込むのは、しんどいんだ。もっと、みんな自身の力で、何とかしてほしい。俺は、そこまで大層な人間じゃないんだから)
その言葉に、広間は、しばし静まり返った。四天王たちは、互いに顔を見合わせ、しばし言葉を失っていた様子であった。
やがて、一益が、深く感じ入った様子で、口を開いた。「殿は、まことに、遠大なる構想をお持ちであったのですな」
「え?」私は、その反応に、思わず戸惑った。
「これまで、殿は、我らに、多くのものを庇護してくださいました。されど、殿の真の御意思は、単なる庇護にとどまらず、各地の村や豪族が、それぞれ自立し、殿の理想を、自らの手で広げていく――そのような、壮大な構想であったのですな」
私は、内心で頭を抱えた。(違う、そうじゃない! 俺は、ただ、負担を減らしたいだけなんだ!)
しかし、その私の本音は、また異なる形で、周囲に伝わっていくことになった。藤吉郎も、深く頷きながら続けた。「殿は、我らに、単なる従属ではなく、真の自立を促しておられるのでございましょう。これぞ、まことの理想の統治にございます」
利家も、感激した様子で言った。「殿の御深慮、まことに恐れ入りまする。我らは、ただ、殿の庇護に頼るだけの存在であってはなりませぬ。自らの力で、殿の理想を、各地に広めていく――それこそが、我らの使命にございましょう」
私は、その解釈に、もはや、反論する気力すら失っていた。(俺の『もう頼らないでほしい』っていう本音が、なんで『理想を広げる壮大な構想』になっちゃうんだ……)
しかし、この誤解は、意外な形で、拠点の運営に、確かな変化をもたらすこととなった。四天王たちは、これまで以上に、各地の村や豪族に対し、自主的な自立を促す働きかけを、積極的に行うようになっていったのである。
「殿の御意思は、皆様が、それぞれ自らの力で、自立した保護圏を築き上げることにございます」――そんな言葉が、四天王を通じて、各地に広められていった。
村人たちや豪族たちは、この言葉を、「自治を認められた」という、これまでの理解を、さらに一歩進んだ、より深い意味として受け止めていった。彼らは、拠点への依存を減らし、自分たちの村や家の防衛力を、自主的に強化していくようになっていったのである。
この変化は、結果として、拠点にとって、確かに好ましいものであった。各地からの相談や依存が、これまでよりも、確実に減少していった一方で、保護圏全体の結束は、むしろ、より強固なものへと変わっていった。誰もが、自らの意志で、この保護圏という仕組みを、支え合う存在として、認識するようになっていたのである。
数週間後、私は、この変化を、実感として感じるようになっていった。拠点に持ち込まれる相談事の数は、以前と比べて、確かに減少していた。私は、その変化に、深い安堵を覚えていた。
「藤吉郎、なんか、最近、相談の数が減った気がするな」私は、率直な感想を口にした。
藤吉郎は、満足げに頷いた。「殿の御意思が、各地に浸透してきた、確かな証にございましょう」
私は、その言葉に、複雑な思いを抱きながらも、素直に安堵の息をついた。(俺の『もう頼らないでほしい』っていう本音が、結果的に、いい方向に転がってくれたなら、それでいいのかもしれないな)
その夜、私は寝所で一人、この日の出来事を振り返っていた。(俺の弱さから出た言葉が、こんな風に、みんなの自立を促すきっかけになるなんて、本当に、不思議な話だよな)
その素朴な感慨を胸に、私は、静かに眠りについたのだった。この「もう頼らないでほしい」という私の本音は、後に、拠点の以後の勢力拡大が、さらに加速していく、重要な伏線として、機能していくことになるのである。




