第五話 寄進という奇跡
第五話 寄進という奇跡
翌朝、拠点の外に見慣れぬ荷車が並んでいるのに気づいた。米俵、味噌、乾物――村人たちが自らの手で運んできたものだという。私は寝ぼけ眼のまま外に出て、その光景に目を疑った。
「これは、いったい……?」私は困惑した。誰かに命じた覚えはない。荷車の傍らには、粗末な着物を纏った村人たちが数十人、こちらに向かって深々と頭を下げている。
藤吉郎が満足げに頷いた。「近隣の村々が、殿の御威光を慕い、自ら進んで兵糧を献上しに参ったのでございます」
「え、なんで勝手に送ってくるの?」
私の素朴な疑問に、藤吉郎は丁寧に答えた。「殿が今川の乱暴狼藉から村を守ってくださったからにございます。これは徴収ではありませぬ。『寄進』――村人たちの、感謝の証にございます」
私は米俵の山を前に、ただただ困惑するばかりだった。奪ったわけでも、要求したわけでもない。それなのに、物が勝手に集まってくる。まるで、目に見えない力に導かれるようにして、物事が積み上がっていく。
(これじゃまるで、賽銭箱みたいじゃないか……。俺は何もしていないのに、なんでこんなに感謝されるんだ)
私は思わず、集まった村人たちに向かって声をかけた。「あの、そんなに気を遣わなくても……」
しかし、その言葉すら、村人たちには違う意味で届いたようだった。年老いた村長が涙ながらに答えた。
「殿は、我らの献上を『気を遣うな』とまで仰せになる。なんと慈悲深き御方であろうか。ならばこそ、我らはより一層、殿への忠義を尽くさねばなりませぬ」
(違う、そういう意味じゃない! 本当に、もう物はいらないんだって言いたかっただけなのに!)
私の困惑した表情すら、家臣たちには「民の心をお喜びになっている」と解釈された。利家は誇らしげに胸を張り、藤吉郎は忙しなく荷を整理しながら、この「寄進」という仕組みを今後どのように活用するかを既に考え始めていた。
その日の午後、私は蔵の前に座り込み、積み上げられていく物資の山をぼんやりと眺めていた。(この調子だと、今後もどんどん物が増えていくんだろうな……。俺はただ静かに暮らしたいだけなのに)
藤吉郎が私の傍らにやってきて、静かに語りかけた。「殿。この『寄進』という仕組みは、今後の拠点運営において、大きな柱となりましょう」
「うん、まあ、そうかもね」私は曖昧に頷いた。もはや反論する気力すら残っていなかった。
「徴収であれば、いずれ民の恨みを買いましょう。しかし寄進であれば、民は自ら進んで支え続けてくれる。殿はこの違いを、最初からご存知だったのですな」
(知らない。本当に何も知らない。ただ、面倒なことを避けたかっただけだ)
以後、この「寄進」という仕組みは、私の与り知らぬところで、拠点の経済基盤として定着していくことになる。私が何かを命じるでもなく、ただ困惑した顔を見せるだけで、周囲は勝手にそれを「深い配慮」として解釈し、物事を前へ前へと進めていく。
その夜、私は寝所でひとり天を仰ぎながら、ため息をついた。(この世界、俺の知ってる戦国時代と、根本から何かが違う気がする……。俺が何もしなければしないほど、事態は好転していくなんて、そんな都合の良い話があっていいのか?)
窓の外からは、村人たちが荷を降ろす音と、感謝の言葉を交わす声が、いつまでも途切れることなく聞こえていた。私はその音を子守唄代わりに、また眠りへと落ちていったのである。
翌朝、蔵の整理を任された藤吉郎から、思いがけない相談を持ちかけられた。
「殿。この寄進、記録として帳面につけておこうと思いまするが、いかがでしょう」
「帳面?」
「はい。誰が、いつ、何を献上したか。これを記しておけば、後々の礼にも、また不公平のないようにも使えましょう」
私はその提案に、素直に頷いた。「ああ、それはいいと思う。ちゃんと記録しておいた方が、みんな安心するだろうし」
(訳:几帳面な性格が出ただけで、大した考えはない)
藤吉郎は深々と頭を下げた。「さすがは殿。献上する側の心にまで気を配られるとは……。これぞ、民を統べる者の器量にございましょう」
こうして、拠点には簡素ながらも寄進の台帳が作られることになった。誰がいつ何を届けたか、丁寧に記録されたその帳面は、後に「魔王恩顧帳」などと呼ばれ、拠点に集う者たちの結束を強める一つの象徴となっていくのだが、それはまだ先の話である。
夕暮れ時、私は蔵の前に腰掛け、積み上がった米俵を見つめながら、ふと利家に尋ねた。
「なあ、利家。こんなに物が集まって、この先どうなるんだろうな」
利家は屈託のない笑顔で答えた。「殿がおわす限り、我らに憂いなどございませぬ!」
その屈託のなさが、かえって私の不安を煽った。(お前のその自信、一体どこから来るんだよ……。俺は本当に、何の策も持っていないんだぞ)
しかし、その不安を口にする気力も、もはや残ってはいなかった。私はただ、静かに夕陽を眺めながら、この奇妙な戦国の日々に、少しずつ、確かに引きずり込まれていく自分を感じていたのである。




