第四話 猿は黄金を嗅ぎつける
第四話 猿は黄金を嗅ぎつける
拠点に人が集まれば、当然のように食糧が足りなくなる。数日のうちに蓄えは底をつき、集まった兵たちの間にも、かすかな不安の色が滲み始めていた。空腹に耐えかねた私は、誰にともなく本音を漏らした。
腹を押さえながら、私はぼそりと呟いた。「……腹が減った。飯さえあればいいのに」
その言葉に、特に深い意味などなかった。ただ、単純に空腹だっただけだ。だが、その日の夕方、みすぼらしい小男が拠点に転がり込んできた。継ぎ接ぎだらけの着物を纏い、痩せぎすの体躯ながら、目つきだけは異様に鋭い。
「お初にお目にかかりまする。木下藤吉郎と申す、流れ者にございます」
利家が警戒するのを手で制し、藤吉郎は私の前で深々と頭を下げた。その所作には、どこか計算高さを感じさせる滑らかさがあった。
「殿がお困りなのは、兵糧のことと伺いました。それがしにお任せあれ」
私はただ頷いただけだ。「ああ、頼む」
(訳:とりあえず何とかしてくれるならありがたい。誰でもいいから助けてほしい)
数日のうちに、藤吉郎は近隣の商人たちを説得し、密かに兵糧の融通網を作り上げてしまった。その手際は驚くほど鮮やかで、まるで生まれながらの商人であるかのようだった。彼は各地の顔役に頭を下げて回り、時には自ら荷を担いで運搬の手伝いすらした。
「お主、なぜそこまでする」利家が不思議そうに尋ねると、藤吉郎はにやりと笑った。
「わしのような素性の知れぬ者を、殿は一言でお認めくださった。ならば、この恩に報いるのが道理というものでしょうや」
米俵が続々と拠点へ運び込まれる様を見て、利家たちは目を丸くした。荷車が列をなして到着し、蔵はみるみるうちに満たされていく。
「木下殿、いかにしてこれほどの兵糧を……」
「殿がな、『飯さえあればいい』と仰せになった。つまり殿は、我らが真に必要としているものを、たった一言で見抜かれたのだ。これぞ、殿が最も重んじる『兵站』というものよ」
藤吉郎は誰よりも早く、私の言葉の裏に「合理性」を読み取っていた。もっとも、彼が読み取った合理性は、私が意図したものとは似ても似つかなかったが。彼自身、農民出身であるがゆえに、これまで能力を正当に評価されたことなど一度もなかった。だからこそ、私の何気ない一言に、これほどまでの重みを見出したのかもしれない。
「なんという先見の明……! 殿はすでにすべてを見通しておられたのですね……!」
(見通してない。腹が減っただけだ。頼むから、そんな大層な意味を持たせないでくれ)
私はその夜、久しぶりに満腹で眠りについた。蔵に積まれた米俵を眺めながら、藤吉郎は満足げに頷いていた。
「殿は、ただの飾りの主君ではない。……面白い御方だ」
彼の呟きを、私はまだ聞いていなかった。だが、この時から藤吉郎の中で、何かが確かに動き始めていた。過去、農民という出自ゆえに能力を認められることのなかった彼にとって、私の「丸投げ」という行為は、他の誰よりも雄弁な信頼の証として映っていたのである。
拠点の食糧事情が安定したことで、集まった兵たちの士気も目に見えて上がっていった。誰もが腹を満たし、安心して眠れる場所を得たことで、拠点全体に一体感が生まれ始めていたのである。
私はそんな様子を遠目に眺めながら、内心で複雑な思いを抱いていた。(俺は何もしていないのに、どんどん物事が良い方向に転がっていく。これは喜ぶべきことなのか、それとも――)
その先の思考を、私はあえて打ち切った。深く考えれば考えるほど、不安ばかりが募っていくような気がしたからだ。今はただ、目の前の平穏を享受することにしよう。私はそう自分に言い聞かせながら、静かに眠りについた。
数日後、藤吉郎は拠点に集う兵たちの人数を数え上げ、私のもとへ報告に来た。
「殿、現在この拠点には、およそ五十名ほどが身を寄せております。今後も増える見込みにございます」
「五十人……」私は思わず唸った。廃屋に一人で目覚めたあの日から、まだ十日も経っていないというのに、これほどの人数が集まってしまったことに、改めて眩暈を覚えた。
(これ以上増えたら、俺、本当に責任取れないんだけど……)
藤吉郎はそんな私の内心など知る由もなく、嬉々として続けた。「兵糧の目処もつきましたゆえ、次は水と薪の確保に取り掛かりまする。殿は何もご心配なさらず、ただ我らにお任せくださいませ」
「あ、うん。頼む」
(訳:本当にありがたい。俺は何も出来ないから、任せるしかない)
藤吉郎はその返事に、また深く感じ入った様子で頭を下げた。彼にとって、「任せる」という言葉は、単なる丸投げではなく、己の能力への絶対的な信頼の証として響いていたのである。
その夜、拠点の片隅で、藤吉郎は集まった商人の一人と密かに話し込んでいた。
「殿は、決して細かいことを口にはされぬ。だが、その一言一言には、必ず深い意味が込められている。わしはそれを、正しく汲み取らねばならぬのだ」
商人は感心したように頷いた。「木下殿は、殿への忠義がよほど厚いと見える」
「当然よ。わしのような素性の知れぬ流れ者を、殿は一言の疑いもなく受け入れてくださった。この恩、生涯忘れることはない」
私はその会話を知らぬまま、奥の部屋でぐっすりと眠っていた。もし聞いていたなら、きっとまた別の意味で頭を抱えていたことだろう。




