第四十五話 余計な戦はするな
第四十五話 余計な戦はするな
保護圏の拡大に伴い、拠点の兵力は、これまでにない規模へと成長していた。四天王のもとには、常に数百から時に千を超える兵が、必要に応じて集結できる体制が整いつつあった。しかし、その力の大きさゆえに、新たな緊張も、家臣団の中に生まれ始めていた。
ある日の軍議で、利家が、これまでにない熱意を込めて提案した。
「殿。我らの兵力も、いまや、かなりの規模に達しております。今川方の残存拠点に対し、一気に大規模な奇襲を仕掛け、尾張から完全に一掃してしまうべきではございませぬか」
私は、その提案に、思わず身を強張らせた。(大規模な奇襲……。それって、結局、大きな戦になるってことじゃないか)
利家は、続けた。「これほどの機、二度とはございませぬ。今こそ、決着をつける好機かと存じます」
私は、必死に考えを巡らせた。(利家の言うことも、分からなくはない。でも、大規模な作戦は、絶対に、犠牲が大きくなる。俺は、それだけは、絶対に避けたいんだ)
私は、ゆっくりと、しかし確かな口調で告げた。「……危ないからやめて」
(訳:正直、大規模な作戦は、俺には、怖くてたまらないんだ。何かが起きたら、取り返しがつかないから)
広間には、しばし沈黙が流れた。利家は、少し不満げな表情を浮かべながらも、その言葉の意味を、真剣に考えている様子であった。
一益が、静かに口を挟んだ。「殿の御懸念、まことにもっともかと存じます。大規模な作戦は、確かに、大きな成果をもたらす可能性がございます。されど、同時に、これまで我らが積み上げてきた、犠牲を最小限に抑えるという方針からは、大きく逸脱することにもなりましょう」
藤吉郎も、頷いた。「加えて、大規模な軍事行動は、今川方に、我らを本格的な脅威として認識させることになりかねませぬ。これまでは、じわじわと、しかし確実に、我らの影響力を広げてきましたが、それを、一気に敵対関係へと転じさせるリスクがございます」
私は、その二人の説明に、深く頷いた。「そうなんだ。俺、大きな戦をして、一気に決着をつけたいとか、そういう気持ちは、全然ないんだ。ただ、みんなが、少しずつでも、安心して暮らせるようになれば、それでいいんだよ」
利家は、しばし考え込んだ後、深く頭を下げた。「殿の御深慮、それがしの浅慮、恥じ入るばかりにございます」
私は、その様子に、少し申し訳なさを覚えながらも、代替案を提示することにした。「利家、大規模な戦はしないけど、今川方の補給基地を、少しずつ削っていくことなら、続けられると思うんだ」
(訳:完全に決着をつけようとするんじゃなくて、これまで通り、じわじわと、確実に、相手の力を削いでいけばいいと思う)
利家は、その提案に、次第に納得の色を浮かべ始めた。「なるほど……。一気に決着をつけるのではなく、これまでの方針を、より徹底させるということにございますな」
「そうだ」私は、頷いた。「補給基地だけを、狙い撃ちにする。正面からの決戦は、絶対に避ける」
以後、四天王は、この方針に従い、今川方の補給基地に対する、より徹底的な攻撃を展開していくこととなった。一益が、綿密な情報収集を通じて、補給基地の弱点を的確に把握し、小六が、その拠点への接近路を確保する。そして、利家が、必要最小限の兵力をもって、確実に基地を無力化していく。
この戦法は、驚くほどの効果を見せ始めた。今川方の補給基地は、次々と機能不全に陥り、それに伴い、今川軍全体の駐留能力そのものが、着実に低下していった。しかも、正面からの大規模な決戦を避け続けることで、今川方が、織田方を「本格的に討伐すべき敵」として、強く認識することもなかった。
「今川軍だけが疲弊する」――そんな状況が、着実に作り出されていったのである。
戦闘の合間、利家は、私のもとを訪れ、素直な感想を述べた。「殿。この方針、確かに、地味ではございますが、まことに理に適っておりますな。派手な大戦を経ずとも、確実に、我らの力は、増しつつございます」
私は、その言葉に、心底から安堵した。「よかった……。利家も、分かってくれたんだな」
(訳:本当に、大きな戦にならなくて、心の底から安心してるんだ)
利家は、深く頷いた。「殿の御深謀、この利家、心より敬服いたしております」
私は、その言葉に、複雑な思いを抱きながらも、素直に答えた。「まあ、深謀っていうより、単純に、みんなに死んでほしくないから、それだけなんだけどな」
その夜、私は寝所で一人、この日の議論を振り返っていた。(利家の熱意も、分からなくはない。でも、俺は、やっぱり、大きな戦だけは、絶対に避けたいんだ。少しずつでも、着実に、みんなが安心して暮らせる場所を、広げていきたい)
その素朴な想いこそが、この時の私にとって、何よりも確かな指針であった。窓の外に広がる夜の静けさを見つめながら、私は、静かに目を閉じたのだった。




