第四十三話 援軍という習慣
第四十三話 援軍という習慣
保護圏がさらに拡大していく中、拠点周辺での小競り合いは、依然として絶えることがなかった。今川方は、尾張本体からの本格的な撤退を進める一方で、辺境の地では、なおも執拗な小規模攻撃を繰り返していたのである。
ある日、尾張西部の村が、今川方の残存部隊による襲撃を受けているという報せが、拠点に届けられた。一益が、緊急の報告を持ってきた。
「殿、西部の村が、今川方の襲撃を受けております。規模は、およそ百五十ほどにございます」
私は、その報せに、緊張を覚えた。「対応できる兵力は、どれくらいあるんだ?」
一益が答える前に、利家が、すでに支度を整えて、私の前に現れた。「殿、それがし、直ちに出立の準備を整えております」
私は、その手早さに、驚きを隠せなかった。「え、もう準備してあるのか」
利家は、力強く頷いた。「はい。西部からの報せは、それがしのもとにも、すでに届いておりましたゆえ」
私は、その様子を見て、少し安堵しながらも、複雑な思いを抱いた。(俺が何か命令する前に、みんなが、勝手に動いてくれる……。これって、本当に、俺が指揮しているって言えるんだろうか)
利家が出立の準備を進める中、拠点の外からは、これまでにない規模の人々の気配が伝わってきた。私は、不思議に思い、拠点の門まで様子を見に行った。そこには、驚くべき光景が広がっていた。
近隣の村々から集まった、数十名の自警団。佐々家から派遣された、精鋭の一団。さらには、以前、拠点に加わった元盗賊たちまでもが、武具を手に、集結していたのである。
「これは……」私は、思わず声を漏らした。「誰が、こんなに集めたんだ?」
藤吉郎が、その様子を見て、満足げに答えた。「殿、これは、誰かが命じて集めたものではございませぬ。西部の村が襲撃を受けているという報せを聞き、皆が、自主的に馳せ参じたのでございます」
私は、その説明に、深い感慨を覚えた。(俺が、誰かに『助けてほしい』と頼んだわけじゃないのに……。みんなが、自分の意志で、こうやって集まってくれるなんて)
利家は、集まった援軍を見渡しながら、誇らしげに言った。「殿、これほどの兵力があれば、今川方の残存部隊など、容易く退けられましょう」
私は、その言葉に、慌てて釘を刺した。「利家、無理はしないでくれ。できるだけ、犠牲の出ない形で対処してほしいんだ」
(訳:みんな、俺のために集まってくれたのは、本当にありがたいけど、その分、誰も傷ついてほしくないんだ)
利家は、深く頷いた。「承知いたしました。この利家、殿の御意向に沿い、慎重に事を運びましょう」
その日のうちに、集結した援軍は、西部の村へと向かった。今川方の残存部隊は、予想をはるかに超える兵力を目の当たりにし、戦うことなく撤退を選んだ。犠牲者は、拠点側、今川方側、共に、ほとんど出ることがなかった。
戦の後、拠点に戻ってきた者たちは、それぞれの村や家へと帰っていった。私は、彼らを見送りながら、藤吉郎に、ふと尋ねた。
「なあ、藤吉郎。こうやって、みんなが自主的に援軍として集まってくれるのって、これからも、続くと思うか?」
藤吉郎は、しばし考え込んだ後、答えた。「殿。これは、もはや、一時的な現象ではなく、保護圏全体に根付いた、確かな習慣となりつつございます。困っている者がいれば、互いに助け合う――そうした心が、皆の中に、着実に育まれておるのでございましょう」
私は、その説明に、深く頷いた。「そうか……。それは、すごくいいことだよな」
(訳:俺が全部を指揮しなくても、みんなが、自分たちで助け合ってくれる。これって、本当に、理想的な形なんじゃないか)
その夜、私は寝所で一人、この日の出来事を振り返っていた。援軍として集まってくれた人々の顔ぶれは、実に様々であった。かつての浪人、村の農民、元盗賊たち――彼らが、それぞれの立場を超えて、共通の目的のために、自主的に力を合わせる。その光景は、私にとって、何よりも誇らしいものであった。
(俺は、天下とか、そんな大それたものは、望んでいない。でも、こうやって、みんなが助け合える場所を、これからも守り続けていきたいと、心から思うんだ)
その素朴な想いを胸に、私は、静かに眠りについたのだった。援軍という習慣は、こうして、保護圏の確かな基盤として、着実にその根を張り巡らせていくこととなるのである。




