第四十二話 保護の証
第四十二話 保護の証
美濃の斎藤家をはじめとする新たな勢力が保護圏に加わるにつれ、拠点の運営には、これまでとは異なる課題が浮かび上がってきていた。ある日の軍議で、藤吉郎が、思案顔で切り出した。
「殿。これほど多くの村や豪族が、保護圏に加わるようになりますと、いったい、どこまでが我らの庇護下にあるのか、外からは分かりにくくなって参ります」
私は、その指摘に、頷いた。「確かに、それは、そうかもしれないな……」
(訳:俺自身、正直、どこまでが保護圏なのか、もう把握しきれていないくらいだからな)
藤吉郎は、続けた。「そこで、殿に御相談がございます。保護を受けている村々や豪族に、何らかの目印となるものを、お授けになってはいかがでしょうか」
「目印……?」私は、その言葉に、興味を惹かれた。
「はい。旗印のようなものにございます。それを掲げることで、敵からも、そして味方からも、一目で、殿の御庇護下にあることが分かるようになりましょう」
私は、その提案に、素直に納得した。「うん、それは、いい考えだと思う。でも、俺、そういうデザインとか、全然センスないから……」
(訳:どんな旗にすればいいのか、俺には、まったく分からないんだけど)
私は、少し困った様子で続けた。「藤吉郎、旗くらい好きに作れば?」
(訳:俺が決めるより、藤吉郎や、みんなで考えた方が、絶対にいいものができると思うから)
藤吉郎は、その言葉に、深く頭を下げた。「承知いたしました。この藤吉郎、殿の御意向を汲み、然るべき旗印を、御用意いたしましょう」
数日後、藤吉郎は、簡素ながらも、確かな意匠を凝らした旗を、私の前に披露した。それは、織田家の家紋を基にしながらも、どこか穏やかさを感じさせる、独特の意匠であった。
「これは……」私は、その旗を見つめながら、感心の声を漏らした。
藤吉郎は、誇らしげに説明した。「この意匠は、殿の御方針――力による支配ではなく、慈しみによる庇護を表すべく、工夫いたしました。角ばった意匠ではなく、あえて、柔らかな曲線を取り入れております」
私は、その説明に、深く感心した。「藤吉郎、本当にすごいな。俺には、絶対に思いつかなかったよ」
(訳:本当に、こういう細かいところまで考えてくれるの、ありがたいよな)
こうして完成した「魔王旗」は、以後、保護圏に加わる村々や豪族に、次々と授けられていくこととなった。旗を受け取った者たちは、それを、村の入り口や、屋敷の門に、誇らしげに掲げるようになっていった。
ある村では、村人たちが集まり、旗を掲げる儀式を、盛大に執り行った。「この旗があれば、我らは、もう恐れることはない」――そんな声が、村人たちの間から、自然と聞こえてきたという。
私は、その様子を、一益からの報告を通じて知ることとなった。「殿、旗を授かった村々は、皆、大変な喜びようにございます」
私は、その報告に、複雑な思いを抱いた。(旗一つで、そんなに喜んでもらえるなんて……。正直、まだ、実感が湧かないな)
数週間後、私は、実際に、旗を掲げた村の一つを訪れる機会を得た。村の入り口には、藤吉郎がデザインした旗が、風に揺れながら、誇らしげに掲げられていた。村人たちは、私の来訪に気づくと、次々と集まり、深々と頭を下げた。
「信照様、この旗のおかげで、我らは、安心して暮らせるようになりました」村の名主が、感謝の言葉を述べた。
私は、その言葉に、少し照れくささを覚えながら答えた。「いや、この旗は、藤吉郎が考えてくれたものだから……。俺は、ただ、みんなを守りたいと思っているだけなんです」
名主は、その言葉に、深く感じ入った様子であった。「その素朴な御心こそが、この旗に込められた、まことの意味なのでございましょう」
私は、その日、村を後にしながら、複雑な感慨に浸っていた。(俺のちょっとした一言から、こんな旗が生まれて、それが、こんなにも多くの人たちの安心の証になっているなんて……)
拠点への帰路、私は、傍らを歩く一益に、ふと問いかけた。「なあ、一益。この旗、これからも、どんどん増えていくんだろうか」
一益は、静かに答えた。「殿の御庇護を求める者がいる限り、この旗は、増え続けることでございましょう」
私は、その言葉に、深いため息をついた。しかし、それは、決して不快なため息ではなかった。むしろ、確かな充実感を伴った、複雑な感慨であった。
(俺は、天下とか、そんな大それたものは、正直、望んでいない。でも、この旗が、少しでも多くの人たちの安心に繋がるなら――それは、決して悪いことじゃないのかもしれないな)
その素朴な想いを胸に、私は、夕暮れに染まる道を、拠点へと向かって、ゆっくりと歩んでいったのだった。




