第四十一話 美濃からの使者
第四十一話 美濃からの使者
第2部の終わり、美濃の国人からの相談を受けてから数日が経った。拠点には、その後も、美濃各地から、続々と使者が訪れるようになっていた。かつて、斎藤道三の急死以来、家中の混乱に苦しんでいた美濃の国人たちにとって、尾張から広がる保護圏という仕組みは、確かな希望の光として映っていたようであった。
ある日、拠点に、これまでとは一線を画す、格式高い装束を纏った使者が訪れた。
「それがし、美濃斎藤家に連なる者、稲葉と申す。信照様に、火急の御相談がございます」
私は、その使者を丁重に迎え入れた。(斎藤家の重臣が、直接来るとは……。これは、よほど深刻な事情があるんだろうな)
稲葉と名乗る使者は、深刻な表情で語り始めた。「当家は現在、家督を巡る争いが激化しており、加えて、今川方の圧力までもが、日増しに強まっております。斎藤家は、まさに、板挟みの状況にございます」
私は、その話に、深く同情した。「それは、大変な状況ですね……」
「信照様は、いかなる勢力にも与することなく、ただ、民を守ることのみを、お考えになっていると伺っております。我らも、その庇護を頂戴したく、参上いたしました」
私は、その申し出に、正直なところ、大きな戸惑いを覚えていた。(美濃の斎藤家といえば、この時代、それなりに大きな勢力のはずだ。そんな家からの相談を、俺なんかが受けていいものなんだろうか)
私は、慎重に言葉を選びながら答えた。「あなた方は、自分たちで決めれば?」
(訳:斎藤家がどうするべきかは、俺が決めることじゃない。あなた方自身が、自分たちの判断で、決めるべきことだと思うんだ)
稲葉は、その言葉に、一瞬、戸惑った様子を見せたが、すぐに、深く感じ入った表情に変わった。「信照様は、我らの自主性を、これほどまでに尊重してくださるのですか……」
一益が、その場で、静かに補足した。「殿は、いかなる勢力にも、その内政に口を挟むことをなさいませぬ。ただ、外部からの脅威に対しては、決して見捨てることはございませぬ」
稲葉は、その説明に、深々と頭を下げた。「有り難きお言葉にございます。当家は、これより、信照様の御庇護のもと、自らの力で、この難局を乗り越えて参りたく存じます」
この一件を通じて、斎藤家もまた、保護圏の一角に加わることとなった。しかし、私は、この決定に、正直なところ、複雑な思いを抱いていた。軍議の後、私は一益に、率直な不安を打ち明けた。
「なあ、一益。斎藤家って、結構大きな家だよな。俺たちが、そんな家まで庇護するなんて、本当に、大丈夫なんだろうか」
一益は、静かに答えた。「殿。庇護と申しましても、我らが斎藤家を統治するわけではございませぬ。あくまで、外部からの脅威に対して、共に立ち向かう――そうした関係にございます」
私は、その説明に、少し安堵しながらも、なおも不安を口にした。「でも、もし、斎藤家の内紛に、俺たちが巻き込まれるようなことになったら……」
一益は、深く頷いた。「その懸念は、まことにもっともにございます。されど、殿は、先ほど、明確に『内政には口を挟まぬ』という御意思を、稲葉殿にお伝えになりました。その一線を守り続ける限り、我らが、無用な争いに巻き込まれることはございますまい」
私は、その説明に、深く頷いた。(そうか……。線引きをちゃんとしておけば、大丈夫なのかもしれないな)
数日後、私は、拠点を訪れた美濃の別の国人と、直接言葉を交わす機会を得た。彼は、これまでの拠点の対応について、感謝の言葉を述べた。
「信照様は、我らの内輪の争いには、決してお口を挟みになりませぬ。それでいて、外敵に対しては、確かな力添えをくださる。これほど、有り難い御方は、他にございませぬ」
私は、その言葉に、少し安堵しながら答えた。「まあ、俺には、正直、内政のことなんて、よく分からないですから……。それより、みんなが、無事に暮らせることの方が、俺にとっては、ずっと大事なんです」
(訳:本当に、単純な理由なんだけど、それが、少しでもみんなの役に立っているなら、それでいいと思う)
国人は、その言葉に、深く頷いた。「その素朴な御心こそが、多くの者たちを惹きつける、まことの理由なのでございましょう」
その夜、私は寝所で一人、美濃という新たな地との関わりについて、改めて考えていた。(尾張だけじゃなくて、美濃にまで、こんな風に広がっていくなんて……。正直、まだ実感が湧かないけど、少なくとも、俺たちにできることは、これからも、変わらずに続けていきたいな)
その素朴な決意を胸に、私は、静かに眠りについたのだった。第3部の幕開けは、こうして、新たな地平への、確かな一歩と共に、静かに始まりつつあったのである。




