第三十七話 寺社も従う
第三十七話 寺社も従う
保護圏の評判が広まるにつれ、これまで政治的な動きに慎重であった寺社勢力からも、少しずつ接触が増えるようになっていた。ある日、拠点に、袈裟を纏った初老の僧侶が、丁重な様子で訪れた。
「それがし、この地に古くから伝わる寺院の住職にございます。信照様の御高名、かねてより耳にしておりました」
私は、その僧侶を、丁重に迎え入れた。「よく参られた。何か、御用向きがあると伺っている」
住職は、深く頭を下げながら、事情を説明し始めた。「恥ずかしながら、我が寺、たびたび今川方の兵に、乱暴を働かれております。仏具を奪われ、境内を踏み荒らされ、僧侶たちも、幾度となく無体な扱いを受けて参りました」
私は、その話に、心の奥が痛むのを感じた。(戦乱の中で、寺社まで被害に遭っているとは……)
「それは、辛い思いをされましたね」私は、素直な同情を口にした。「俺たちに、何かできることはあるだろうか」
住職は、少し驚いた様子で私を見つめた。「信照様は、我らのような、俗世を離れた者にも、慈悲深きお心をお向けくださるのですか」
私は、その問いに、正直な想いを答えた。「争わないなら、いい」
(訳:寺社が政治的な争いに巻き込まれるのは、本来、あるべきことじゃないと思う。だから、俺たちの側から、寺社を害するようなことは、絶対にしたくないんだ)
住職は、その言葉に、深く感じ入った様子であった。「信照様の御言葉、まことに有り難く存じます。我らは、これより、信照様の御庇護を頼りに、この地にて、静かに仏道を歩んで参りたく存じます」
一益が、その場で、丁寧に説明を加えた。「殿は、寺社の教義や活動に、口を挟むおつもりはございませぬ。ただ、今川方の乱暴狼藉から、皆様をお守りしたいと、そう仰せなのです」
住職は、その説明に、さらに深く頭を下げた。「まことに、有り難き御方にございます」
この一件をきっかけに、寺院は、拠点の保護圏に加わることとなった。以後、僧侶たちは、周辺の村々を巡回する中で、自然と、信照の名を、慈悲深き庇護者として、人々に語り伝えるようになっていったのである。
「信照様は、我らの信仰の自由すら、お守りくださる」――そんな評判が、僧侶たちの説法を通じて、静かに広まっていった。
数週間後、この寺院の噂を聞きつけた、別の寺社からも、同様の申し出が相次ぐようになった。神社の神官、修験道の行者、さらには、諸国を巡る旅の僧侶たちまでもが、拠点を訪れ、保護を求めるようになっていったのである。
私は、その様子を、ある種の困惑と共に眺めていた。ある日、藤吉郎に、率直な疑問を投げかけた。「なあ、藤吉郎。俺、寺社のこととか、正直、あまり詳しくないんだけど……。こんなにたくさんの申し出、どう対応すればいいんだろう」
藤吉郎は、静かに答えた。「殿。基本的な方針は、これまでと変わりませぬ。寺社の教義や活動には、一切干渉せず、ただ、外部からの脅威から、お守りするだけにございます」
「うん、それでいいと思う」私は、素直に頷いた。
藤吉郎は、続けた。「されど、これほど多くの寺社が加わることは、拠点にとっても、大きな意味を持ちましょう。寺社は、多くの民の信仰の拠り所。その寺社が、殿の御庇護を受け入れているという事実は、民の心にも、確かな安心感をもたらすはずにございます」
私は、その説明に、複雑な感慨を覚えていた。(俺は、ただ、困っている人たちを、放っておけなかっただけなんだけどな……。それが、こんな風に、大きな意味を持つことになるなんて)
ある夕暮れ時、私は、加わったばかりの寺院を、実際に訪れる機会を得た。境内は、静けさに包まれ、僧侶たちが、穏やかな表情で、日々の勤行に励んでいた。住職は、私の来訪を、心から喜んで迎えてくれた。
「信照様、このように、静かに仏道を歩めるのも、すべては、あなた様の御庇護あってこそにございます」
私は、その言葉に、少し照れくささを覚えながら答えた。「いや、本当に、大したことはしていないんです。ただ、みんなが、それぞれの場所で、平和に暮らせるようになればいいと、それだけを願っているだけで」
住職は、その言葉に、静かに微笑んだ。「その素朴な願いこそが、まことの慈悲というものにございましょう。仏の教えもまた、突き詰めれば、そこに行き着くのやもしれませぬ」
私は、その言葉に、深く胸を打たれた。(俺の、こんな単純な願いが、仏の教えと重なるところがあるなんて、考えたこともなかったな)
境内を後にする際、私は、静かな鐘の音を耳にした。その音は、まるで、この地に訪れた新たな平穏を、静かに祝福しているかのようであった。私は、その音を聞きながら、拠点への帰路を、ゆっくりと歩んでいったのである。
こうして、寺社ネットワークもまた、保護圏の重要な一角として、確かにその存在を根付かせていくこととなった。「魔王は慈悲深い」――そんな評判が、僧侶たちの言葉を通じて、さらに広く、そして深く、東海の各地へと浸透していくのだった。




