第二十三話 寄進が止まらない
第二十三話 寄進が止まらない
「魔王の沈黙」という新たな伝説が生まれてから数日、拠点の蔵はさらなる物資で溢れかえろうとしていた。米蔵はすでに満杯となり、藤吉郎は新たな蔵の建設を検討し始めていたほどである。
私は、その光景を目の当たりにして、正直なところ、深い困惑を覚えていた。ある朝、蔵の様子を見に行った私は、思わず声を漏らした。
「……もう、入りきらないんじゃないか、これ」
積み上げられた米俵の山は、私の背丈をはるかに超えるほどの高さに達していた。その傍らには、反物や乾物、さらには武具まで、様々な品々が所狭しと並べられている。
藤吉郎が、忙しなく蔵の中を動き回りながら、私の言葉に答えた。「殿、まことにその通りにございます。ここ数日だけでも、五つの村と二つの寺社から、新たな寄進がございました」
「なんで、こんなに増え続けるんだ……」私は思わず呟いた。
(訳:奪ってるわけでも、要求してるわけでもないのに、なんでこんなに送られてくるんだ。俺は正直、こんなに物はいらないのに)
藤吉郎は、そんな私の困惑を意に介する様子もなく、淡々と説明を続けた。「殿の御威光が広まれば広まるほど、寄進もまた増えて参ります。これは、殿が民の信を得ておられる、何よりの証にございましょう」
私は、蔵の隅に積まれた反物の山を見つめながら、ため息をついた。「藤吉郎、これ、こんなに必要なのか?」
「いえ、正直に申し上げますと、こちらの反物などは、すぐに使い道があるわけではございませぬ」藤吉郎は、少し困ったような表情を浮かべた。「されど、これを送ってくださった村の方々の想いを無下にはできませぬ。ありがたく頂戴し、後日、然るべき形で活かすほかございませぬ」
私は、その言葉に、複雑な思いを抱いた。(せっかく送ってくれたものを、無下にはできない、か……。確かに、それはそうかもしれないな)
その日の午後、私は藤吉郎と共に、蔵の整理について相談することにした。
「藤吉郎、この余った物資、どうにか有効活用できないか」私は尋ねた。
藤吉郎は、しばし考え込んだ後、静かに答えた。「殿。それがしに、一つ考えがございます」
「聞かせてくれ」
「これほどの物資が集まるのであれば、いっそ、それを蓄えとして活用してはいかがでしょうか。凶作の年や、思わぬ災害の折には、この蓄えを、必要とする村々へ分け与えることができましょう」
私は、その提案に、素直に感心した。「それはいい考えだな。使い切れない分は、いざという時のために取っておく、ということか」
「はい。加えて、余剰の物資は、拠点周辺の道の整備や、砦の補修にも活用できましょう。殿の御威光の下に集まった富を、また殿の御威光の下にある人々のために還元する――これぞ、真の意味での『寄進』の活かし方かと存じます」
私は、藤吉郎の考えに深く頷いた。「うん、それでいこう。任せる」
(訳:藤吉郎、本当にしっかりしてるな。俺には、そんな緻密な計画、絶対に思いつかなかった)
藤吉郎は、深々と頭を下げた。「有り難きお言葉にございます。この藤吉郎、殿の御信頼に応え、この蔵の物資、無駄にすることなく、必ずや皆様のために役立てて御覧に入れましょう」
こうして、藤吉郎は、集まった物資を体系的に管理し、必要に応じて再分配する仕組みを整えていくことになった。凶作に見舞われた村には米を、道普請が必要な地域には資材を、それぞれ適切に配分していく。この仕組みは、後に「魔王の蔵」と呼ばれ、保護圏全体の経済的な安定を支える、重要な基盤となっていくのである。
夕暮れ時、私は蔵の前に座り込み、整理された物資の山を眺めていた。傍らには、忙しなく帳簿をつける藤吉郎の姿があった。
「なあ、藤吉郎」私は、ふと思いついたことを口にした。「お前、本当にすごいよな。俺、こんなにちゃんと物事を管理できる自信、全然ないよ」
藤吉郎は、手を止めて、こちらを振り返った。その顔には、少し照れくさそうな表情が浮かんでいた。「殿にそう仰っていただけるとは、この上ない喜びにございます。されど、それがしがここまで力を尽くせるのも、すべては殿が、この身を信じてくださったからこそ」
私は、その言葉に、少し気恥ずかしさを覚えながらも、素直に頷いた。「そうか……。まあ、これからも頼りにしてるよ」
藤吉郎は、再び深く頭を下げた。「この身命に代えましても」
その夜、拠点の蔵には、また新たな寄進の荷が運び込まれていた。米俵の山は、依然として増え続けている。しかし、それを見つめる私の心境は、これまでとは少しだけ違っていた。困惑と不安だけでなく、その物資を、確かに誰かのために活かすことができるという、ささやかな安堵と喜びも、確かにそこには芽生え始めていたのである。
(この蔵の物資が、いつか誰かの命を救うことになるなら――それは、決して悪いことじゃないのかもしれないな)
私は、そんな想いを胸に、その夜も静かに眠りについたのだった。




