第十七話 勝手に広がる勢力
第十七話 勝手に広がる勢力
一つの村が信照の旗を掲げたという噂は、瞬く間に隣村へ、さらにその先の村々へと伝わっていった。噂というものは、時に事実以上の速さで広がるものである。「あの村は、今川の代官を追い払ってもらい、しかも年貢すら取られなくなったらしい」――そんな話が、村から村へと語り継がれていったのだ。
数日のうちに、拠点には次々と使者が訪れるようになった。
「隣村の者にございます。我らの村も、代官の横暴に苦しんでおります。どうか、お力添えを」
「寺社の使いにございます。我が寺も、今川方の兵に度々乱暴を働かれております」
「小豪族の使いにございます。信照様の御威光にすがりたく参りました」
私は、その数の多さに、正直なところ眩暈すら覚えていた。(一つの村を助けただけなのに、なんでこんなに次々と話が来るんだ……)
拠点の広間には、連日のように陳情のための使者が列をなすようになっていた。私はそのすべてに、いちいち対応する気力もなく、藤吉郎に丸投げすることにした。
「藤吉郎、あとは任せる」
(訳:数が多すぎて対応しきれない、頼む。俺一人じゃ、これだけの人数の話を聞いて、判断を下すなんて無理だ)
藤吉郎は、その言葉に深く頭を垂れた。「承知いたしました。殿の御意思に従い、この藤吉郎、適切に取り計らいまする」
藤吉郎は、これまでの経験を活かし、最低限の連絡網だけを整える仕組みを作り上げた。各村や寺社から使者が来た際には、まず藤吉郎が話を聞き、状況を整理する。そして、実際に対応が必要な場合には、四天王のいずれかが動く。しかし、統治そのものは、あくまで各村の自主性に任せるという方針を貫いた。
「殿の御意思は、すでに明確にございます」藤吉郎は集まった使者たちに、そう説明していた。「我らは、皆様方を『支配』するのではなく、『守る』ためにここにおります。統治は、これまで通り、皆様方ご自身の手で行っていただければ結構」
この方針は、驚くほどの速さで、周辺の村々に受け入れられていった。誰かに支配されることを望む者などいない。だが、今川の脅威から守ってもらえるのであれば、それは何よりありがたい話だったのだ。
「信照様は、我らを支配するお方ではない。我らを守り、自由を認めてくださるお方だ」
そんな評判が、村から村へと広まっていった。誰かが統治するでもなく、ただ「信照の名の下にある」という一点だけで、緩やかな連携が生まれていく。
私は、この一連の動きを、ほとんど傍観者のような立場で眺めていた。ある日、拠点の広場で寛いでいると、利家が興奮した様子で駆け寄ってきた。
「殿! また新たに三つの村が、信照様の旗を掲げたいと申し出て参りました!」
「え、また?」私は思わず声を上げた。(俺、何もしていないのに、どんどん増えていく……)
「これは……もはや領地ではないな」利家が、しみじみとした様子で呟いた。「殿の御威光そのものが、地図には描けぬ形で広がっているのだ」
私は内心で複雑な思いを抱いていた。(領地とか、そんな大それたもの、俺は望んでいないんだけどな……。ただ、みんなが平和に暮らせればそれでいいのに)
その日の夕方、私は藤吉郎に、率直な疑問をぶつけてみた。「なあ、藤吉郎。これ、このまま増え続けたら、俺たち、どうなるんだろうな」
藤吉郎は少し考え込んだ後、静かに答えた。「殿。これは、恐らく『国』というものの、新しい形なのやもしれませぬ」
「新しい形?」
「これまでの国とは、力で領地を奪い、年貢で民を縛るものでございました。しかし殿が作り上げつつあるこの仕組みは、民が自ら望んで従う――そういう形にございます。奪うのではなく、慕われることで広がっていく」
私はその言葉に、少し驚きを覚えた。(藤吉郎、意外と鋭いこと言うんだな……。俺、そんな大層なこと考えてなかったのに)
「これがどこまで広がるのか、正直、わしにも分かりませぬ」藤吉郎は続けた。「されど、殿がこれまで示してこられた御意思――力ではなく、民の自主性を重んじるという姿勢が続く限り、この仕組みは、決して崩れることはございますまい」
私は、その言葉を聞きながら、複雑な感慨に浸っていた。自分が意図したわけでもないのに、いつの間にか、何か大きな流れが動き始めている。その流れが、この先どこへ向かうのか、私自身にもまったく予測がつかなかった。
(でも、これだけは確かだ。俺は、誰かを支配したいなんて思ったことは一度もない。みんなが、それぞれの場所で、平和に暮らせるようになればいい――それだけなんだ)
その素朴な願いは、この時の私の中で、確かな核として存在していた。だが、その願いが、後にどれほど大きな評判を生み出し、私自身をどこへと押し流していくことになるのか、この時の私は、まだ何一つ想像もしていなかったのである。
夜になり、拠点の蔵にはまた新たな寄進が積み上げられていった。私はその光景を眺めながら、ため息とも安堵ともつかない、複雑な息を漏らしたのだった。こうして「保護圏」という言葉が、家臣団の間で自然に定着していった。




