第百二十五話 なんでこうなるの?
第百二十五話 なんでこうなるの?
義元本隊による、尾張からの、正式な撤退が、ついに、確定した、その日。拠点の周辺には、これまでの、あらゆる規模を、はるかに超える、実に、十万とも噂される、確かな軍勢――いや、正確には、軍勢と呼ぶべきではない、実に、様々な立場の人々が、続々と、集結しつつあった。
尾張、美濃、伊勢、遠江の一部――保護圏に加わった、すべての地域から、それぞれの旗を掲げた、豪族、村人、商人、僧侶、そして、かつて、この場所によって、救われた、多くの人々――彼らは皆、この、確かな、歴史的な日を、共に、祝うべく、拠点周辺の広場に、静かに、しかし、確かな熱気と共に、集まり続けていたのである。
その、あまりにも壮大な光景の中心にある、拠点の寝所――私は、その日もまた、変わることなく、いつものように、布団の中で、静かに、眠り続けていた。
「殿……」お市が、静かに、私の眠る、寝所の襖を、そっと、開けた。彼女の視線の先には、穏やかな寝息を立てながら、深く、眠り続ける、私の姿があった。
お市は、しばらくの間、その、穏やかな寝顔を、静かに、見つめ続けていた。外からは、これまでにない、無数の人々の、確かな熱気と、そして、祝福の声が、微かに、聞こえてくる。それでいて、この寝所の中だけは、これまでと、まったく変わらない、静かな、確かな平穏に、包まれ続けていたのである。
「兄上……」お市は、小さく、そう、呟いた。その声には、これまでの、長い日々の、確かな、そして、深い感慨が、込められていた。
私は、その声にも、まったく気づくことなく、静かに、寝返りを打った。そして、夢の中で、確かな寝言を、小さく、漏らしたのである。
「……安全に、暮らしたい……」
(訳:もう全部やめたい。天下とか、そんな大それたこと、俺には、絶対に、無理なんだから)
お市は、その、あまりにも、素朴な、そして、確かな寝言に、思わず、小さな笑みを、こぼした。彼女には、その言葉が、いかなる政治的な深謀遠慮でもなく、ただ、兄の、心からの、確かな本音であることが、はっきりと、分かっていたのである。しかし、その事実を、この場で、誰かに、伝えようとは、彼女は、しなかった。ただ、静かに、その、確かな微笑みを、胸に、しまい込むだけであった。
外では、四天王――利家、藤吉郎、一益、小六が、この、これまでで最大規模の、確かな結集の様子を、静かに、そして、確かな誇らしさと共に、見守り続けていた。
「殿は、いかがなされておられるのだ」ある豪族の代表者が、四天王に、丁重に、そう尋ねた。
利家は、深く、しかし、確かな重みを込めて答えた。「殿は、今、まさに、この、確かな時代の、大きな節目にあって、深き、熟考の中に、おられる」
「なんと、恐れ多いことよ」その代表者は、深く、感嘆の息を、漏らした。
一益が、静かに、続けた。「殿は、決して、御自身の功を、誇られることは、ない。ただ、この、確かな平和の日を、静かに、しかし、確かに、噛み締めておられるのであろう」
こうして、この、拠点における、確かな結集の日、私が、ただ、心地よく、眠り続けていたという事実そのものが、四天王をはじめとする、多くの人々によって、「殿は、この歴史的な日を、静かに、深く、御思案なされている」という、いつもの、確かな、そして、温かな解釈へと、また一つ、積み重ねられていくことと、なったのである。
各地から集まった人々の間では、こんな言葉が、静かに、そして、確かに、囁かれ続けていた。「尾張は、これより、魔王の、確かな保護圏である」――その言葉は、もはや、誰にとっても、疑いようのない、確かな常識として、この東海の地に、深く、根付いていたのである。
数刻の後、私は、ようやく、目を覚ますこととなった。私は、寝所の中で、ゆっくりと、身を起こした。外からは、依然として、これまでにない、確かな人々の、熱気ある声が、届き続けている。
「あれ……。外、なんだか、すごい騒がしくないか?」私は、まだ、ぼんやりとした頭で、そう、独り言のように、呟いた。
お市が、静かに、私に、寄り添った。「兄上、お目覚めになられたのですね」
私は、彼女の姿に、深い安堵を覚えながら答えた。「うん、お市。……あれ、なんか、外、すごい人だかりに、なっていないか?」
(訳:本当に、なんだか、いつもと、全然違う、規模の気配がするんだけど……)
お市は、優しく、微笑んだ。「はい、兄上。全国から、多くの方々が、こうして、この日を、祝うために、お集まりになっているのでございます」
私は、その説明に、これまでにない、深い、そして、確かな困惑を覚えた。「え……。俺、そんな大それたこと、なんにも、していないのに……。なんでこうなるの?」
その、あまりにも、素朴で、そして、確かに、心からの、その一言は、しかし、この場所を、はるかに超えて、外の広場に集う、すべての人々の耳には、決して、届くことはなかった。
私は、寝所の窓辺に、そっと、歩み寄り、外の光景を、そっと、覗き見てみることとした。そこには、これまでの、あらゆる想像を、はるかに超える、実に、壮大な光景が、確かに、広がっていた。無数の旗が、風に、力強く、揺れている。それぞれの旗印の下に、実に、多くの人々が、確かな笑顔と共に、集い合っている。
「本当に、すごい人数だな……」私は、その光景に、思わず、深い、そして、複雑な息を、ついた。(俺、本当に、こんなつもりじゃ、なかったのに。ただ、みんなを守りたい、それだけの、単純な想いだったのに)
しかし、その、私の内心の、あまりにも、素朴な戸惑いを、確かに、知る者は、この場所には、お市を、除いて、誰一人として、存在しなかった。四天王をはじめとする、集まった、すべての人々は、それぞれの、確かな解釈のもとに、この、壮大な光景を、静かに、そして、深く、噛み締め続けていたのである。
「尾張の魔王」――かつて、絶望的な敗戦の中から現れ、決して、天下を望むことなく、ただ、目の前の、一人一人の、確かな命を、大切にし続けてきた、この、稀代の御方。その、あまりにも、純粋な、そして、素朴な想いが、こうして、これほど多くの人々の、確かな心を、動かし続けてきたのである。
その日の夕暮れ、私は、お市と共に、拠点の縁側に座り、この、確かな、そして、壮大な光景を、改めて、静かに、眺めることとなった。
「お市」私は、静かに、彼女に、語りかけた。「俺、本当に、天下とか、そんなこと、望んだこと、一度も、なかったんだ」
お市は、優しく、微笑みながら答えた。「はい、兄上。それは、わたくしが、誰よりも、よく、存じております」
私は、その言葉に、深い安堵を覚えた。「でも、なんでか、いつも、こんな風になっちゃうんだよな」
お市は、静かに、続けた。「兄上は、天下を望まぬ。されど、天下が、兄上を、望んでいる――それが、まことの理でございましょう」
私は、その言葉に、思わず、深いため息をついた。それは、諦めとも、そして、確かな、静かな受容とも取れる、複雑な、ため息であった。
外では、十万とも噂される、確かな、幻影の織田軍が、これからも、変わることなく、静かに、そして、確かに、集結し続けていた。人々は、この、稀代の魔王が、次に、いかなる、確かな「百策」を、示すことになるのかを、静かに、そして、期待を込めて、待ち続けていたのである。
――そして、読者だけが、確かに知っている。この、稀代の「魔王」が、最後まで、ただ、平和に、静かに、暮らしたかっただけの、一人の、素朴で、そして、心優しい青年に、他ならなかったということを。
おわり




