第百十七話 布団の軍議
第百十七話 布団の軍議
「魔王を望む天下」という評判が、東海地方全域に、確かに浸透していく中、拠点には、これまでにない、極めて重要な意思決定を、求められる場面が、再び、訪れることとなった。義元本隊は、これまでの長い議論の末、ついに、東海地方における、新たな均衡状態を、正式に、認める方向へと、その方針を、傾けつつあったのである。
ある日、この極めて重要な、今川方との、確かな関係の在り方について、これまでにない規模の、重大な会議が、開かれることとなった。四天王、林秀貞をはじめとする旧臣、そして、佐々家をはじめとする主要な豪族の代表者たちが、この会議に、一堂に会することとなった。
私は、その会議の開始を前に、これまでにない、深い緊張を、覚えていた。(今川方との、これからの関係を、決める、まさに、最も重要な会議になるかもしれない。俺には、こんな、大きな決断を、下す自信なんて、正直、全然ないのに)
会議が始まると、居並ぶ面々は、これまで以上に、慎重に、しかし、活発に、意見を、交わしていった。ある者は、この機に、正式な和睦を、今川方に、提案すべきだと主張し、また別の者は、これまで通り、慎重な距離を、保ち続けるべきだと、提案した。
私は、その議論を聞きながら、次第に、これまで以上の、深い精神的な限界を、感じ始めていた。(みんなの言うことは、それぞれ、もっともに聞こえる。でも、俺には、この、あまりにも重い決断を、下す自信なんて、全然ないんだ……)
議論が、これまでにない、長時間に及ぶ中、私は、これまでにないほどの、深い疲労を、感じていた。頭が重く、思考が、まったく、まとまらない。責任の重さが、これまで以上に、私の心を、圧迫していた。
(もう、限界だ……。これ以上、この重圧に、耐えられない)
会議の途中、私は、ついに、その場で、意識が朦朧とするのを感じた。誰かが、私の名を呼ぶ声が、遠くから聞こえてくるような気がした。しかし、私は、その声に応える気力すら、もはや残っていなかった。私は、その場で、静かに、深い眠りへと落ちていったのである。
会議の場は、突然の私の様子に、しかし、これまでの、幾度もの経験から、もはや、大きな動揺を見せることはなかった。四天王たちは、すぐに、いつもの解釈へと、切り替えていった。
「殿は、この、これまでで、最も重大な局面において、あえて、最も深い、熟考に、入られたのだ」一益が、これまで以上に、落ち着いた声で告げた。「我らは、殿の御下知を待つのではなく、これまでの殿の御方針を胸に、自らの判断で、この、決定的な局面に、事に当たらねばなるまい」
こうして、私が意識を失っている間、四天王を中心とした会議は、私の与り知らぬところで、着々と、進められていった。彼らは、これまでの拠点の方針――力による支配ではなく、慈しみによる庇護、そして、決して、いたずらに、対立を、煽らないという、一貫した方針を、改めて確認し、今川方との、今後の関係についての、確かな方針を、練り上げていったのである。
数時間後、私は、ようやく意識を取り戻した。目を開けると、拠点の一室に、静かに横たわっている自分に気づいた。傍らには、心配そうな表情を浮かべた、お市の姿があった。
「兄上……。お目覚めになられたのですね」お市が、安堵の声を、漏らした。
私は、ぼんやりとした頭で、身を起こした。「会議は、どうなったんだ?」
利家が、その場に現れ、これまでにない、誇らしげな表情で、報告した。「殿、御安心くだされ。殿の御沈黙の間、我らは、これまでの殿の御方針に従い、今川方との、今後の関係についても、確かな方針を、しっかりと、取りまとめましてございます」
私は、その報告に、複雑な思いを抱いた。(俺が倒れている間に、みんなが、こんな、重大な決断まで、ちゃんと、進めてくれていたのか……)
一益も、続けて報告した。「殿の御沈黙、まことに、これまでで、最も大きな意味を持っておりました。この、あまりにも重要な局面において、殿が、あえて動じることなく、静かに構えておられたことで、我らも、これまで以上に、冷静に、議論を進めることができました」
私は、その解釈に、もはや、訂正する気力もなく、ただ、曖昧に、頷くしかなかった。(俺、単純に、疲れすぎて倒れただけなんだけどな……。でも、結果的に、みんなが、こんなに、大事な方針を、ちゃんと立ててくれたなら、それでいいのかもしれない)
その後、私は、藤吉郎から、決定された方針について、改めて、詳しい説明を受けることとなった。「殿、此度の会議において、我らは、今川方に対し、これまでと同様、決して、我らの側から、敵対を仕掛けることはない、という、確かな姿勢を、貫くことと、決定いたしました」
私は、その方針に、深く頷いた。「うん、それでいい。それが、俺の、一番望んでいることだから」
その夜、私は寝所で一人、この日の出来事を、静かに振り返っていた。(俺一人が、こんな重大な決断を、下さなくても、みんなが、ちゃんと考えて、道を切り開いてくれる。それって、本当に、ありがたいことなんだよな)
その素朴な感慨を胸に、私は、静かに、再び眠りへと落ちていったのだった。「布団の軍議」――この、私の精神的な限界から生まれる、確かな「休息」は、こうして、この、これまでで、最も重要な局面においても、拠点にとって、確かな、そして、揺るぎない、指針を、生み出す、重要な役割を、果たし続けていくこととなるのである。
その翌日、私は、この決定について、改めて、四天王と、話し合う機会を、持つこととなった。「みんな、本当にありがとう。俺が、あんな風に、意識を失ってしまっても、ちゃんと、大事なことを、決めてくれるんだから」
一益は、静かに、しかし、深い確信を込めて答えた。「殿。これは、殿が、これまで、我らに、確かな信頼を、寄せ続けてこられたからこそ、成し得ることにございます」
私は、その言葉に、深い感謝の念を、抱きながら、その日の、新たな一日を、静かに、始めていったのだった。




