第百十五話 家康最後の報告
第百十五話 家康最後の報告
保護圏が、これまでにない規模へと拡大し、遠江の一部からも、加入の申し出が届くようになる中、松平元康は、これまで以上に、深刻な立場に、追い込まれつつあった。今川家の先鋒として、尾張情勢の対応を、長年、担ってきた彼にとって、この一連の展開は、まさに、これまでの、あらゆる努力の限界を、突きつけるものであった。
元康は、駿府の陣屋で、これまでの、長きにわたる、尾張攻略の記録を、改めて、丁寧に、整理し直そうと試みていた。彼の脳裏には、これまでの、幾多の失敗と、それに伴う、深い葛藤の日々が、確かに、去来していた。
「わしは、これまで、あらゆる手を、尽くして参った」元康は、独り言のように、そう呟いた。「されど、結局のところ、この長い戦いにおいて、我らは、決定的な成果を、何一つ、得られてはおらぬ」
元康は、ある夜、これまでにない、確かな決意をもって、義元本隊への、最後の報告書を、しっかりと、まとめ上げることとなった。この報告書は、これまでの、あらゆる分析の、まさに、総決算とも言うべき、重要な文書であった。
彼は、その報告書の中で、これまでの、あらゆる敗因を、率直に、そして、正直に、記していった。「織田信照方、これまでの、いかなる軍事的、経済的な圧力をもってしても、その勢力を、切り崩すことは、極めて困難にございます。この者たちの、確かな結束は、単なる利害関係ではなく、より深い、信頼に基づくものと、推察いたします」
元康は、さらに、これまで、誰にも、正直に、語ることのできなかった、自らの内心の想いをも、この報告書に、そっと、書き加えることとした。「それがしは、これまでの、長きにわたる対峙を通じて、この者――織田信照なる者の在り方に、単なる敵対心を超えた、確かな敬意を、抱くようになっております。この者が築いた仕組みは、我らが、これまで、あらゆる力をもってしても、成し得なかった、確かな、民の心からの支持を、得ておるのでございます」
この報告書を書き終えた後、元康は、しばし、深い沈黙の中に、身を置いていた。彼にとって、この報告は、これまでの、自らの、長きにわたる努力の、確かな敗北の記録であると同時に、これから先の、東海における、新たな均衡への、確かな一つの提言でも、あったのである。
翌朝、元康は、この報告書を、義元本隊へと、正式に、提出することとなった。義元は、この報告を、深く、そして、慎重に、読み込んでいったという。
「元康の報告、まことに、これまでで、最も、率直な内容だ」義元は、独り言のように、そう呟いたと、後に伝えられている。「この者が、これほどまでに、敵の在り方に、確かな敬意を、示すとは……」
この報告書は、義元本隊における、これまでの、尾張攻略の方針を、根本から見直す、決定的な契機の一つと、なっていくこととなった。義元は、この報告を受け、これまで以上に、慎重な、そして、確かな、政治的な判断を、迫られることとなったのである。
拠点においては、私は、こうした元康の、深い内心の葛藤や、決断など、まったく知る由もなく、日々の平穏な暮らしを、続けていた。ある日、一益が、この元康の、最後の報告についての、興味深い情報を、私にもたらした。
「殿、松平元康なる者、義元様への、これまでで、最も、率直な報告書を、提出したようにございます。その内容には、殿の在り方への、確かな敬意が、込められていたとの由」
私は、その報告に、深い驚きと、そして、複雑な感慨を覚えた。「そうか……。元康さんが、そこまで、俺たちのことを、認めてくれているなんて、正直、想像もしていなかったよ」
(訳:まさか、敵側の人が、こんな風に、俺たちのことを、評価してくれているとは……)
一益は、静かに続けた。「殿。この報告は、今川方における、これからの方針にも、確かな影響を、及ぼすことになりましょう」
私は、その説明に、深く頷いた。「そうだといいんだけどな……。元康さんも、これまで、きっと、色々な葛藤を、抱えながら、頑張ってきたんだろうな」
その日の夕刻、私は、拠点の高台に立ち、遠く駿河の方角を、静かに見つめていた。この物語が始まって以来、私は、これまで、直接、元康と、言葉を交わす機会を、一度も、持つことはなかった。しかし、この、まったく見知らぬ相手が、これほどまでに、深い内心の葛藤を、抱えながら、この長い戦いに、向き合い続けてきたという事実は、私に、これまでにない、確かな感慨を、もたらすものであった。
(元康さんとも、いつか、直接、話す機会が、あるんだろうか。もし、そんな日が来たら、俺は、どんな風に、話せばいいんだろうな)
その素朴な想像を胸に、私は、静かに、拠点への帰路を、歩んでいったのだった。この、元康による、確かな、最後の報告は、後に、物語の、より大きな展開へと、静かに、しかし確実に、繋がっていくこととなるのである。
その夜、私は寝所で一人、これまでの日々を、改めて振り返っていた。桶狭間の敗戦から始まった、絶望的な逃避行。それが、こうして、かつての、敵であった人物からも、確かな敬意を、抱かれるようになるとは、まさに、想像を超えた展開であった。
(本当に、これから、どうなっていくんだろうな……。でも、俺は、これまでと変わらず、みんなを守ることだけを、大事にしていきたい)
その変わらぬ決意を胸に、私は、静かに眠りについたのだった。




