第百二話 兵なき軍議
第百二話 兵なき軍議
「天下の均衡」という、京での分析が、拠点に伝わってから、しばらくの時が経った。保護圏内は、これまで以上に、確かな平和と発展を、着実に享受し続けていた。しかし、その平和な日々の中でも、拠点には、次々と、新たな援軍の申し出が、絶えることなく、寄せられ続けていたのである。
ある日、拠点に、これまでにない規模の、援軍の申し出が、複数の村や豪族から、同時に、寄せられることとなった。藤吉郎が、その報告を、私にもたらした。
「殿、此度も、多くの村々から、援軍の申し出が、届いております」
私は、その報告に、少し戸惑いながら答えた。「え、また、そんなに……。俺、別に、頼んでいないんだけどな」
(訳:本当に、みんなが、勝手に、援軍を送ろうとしてくれるのは、ありがたいけど、正直、今、大きな戦の予定なんて、何もないのに)
藤吉郎は、丁寧に説明した。「殿。これは、殿への忠誠の証として、村々が、自主的に、援軍の意志を、示しているだけにございます。実際に、これらの兵が、戦に動員されることは、まずございませぬ」
私は、その説明に、深く頷いた。「そうか……。じゃあ、この申し出は、どう扱えばいいんだ?」
藤吉郎は、続けた。「これまでの慣例に従い、丁重に、感謝の意を示しつつ、実際の動員は、必要な時にのみ、限定していく所存にございます」
こうして、拠点には、実際には、動員されることのない、いわば「兵なき軍議」とでも呼ぶべき、忠誠の記録だけが、着実に、積み重ねられていくこととなった。この記録は、いざという時には、実際の援軍として、迅速に動員できる、確かな潜在力として、機能していたのである。
私は、ある日、この一連の状況について、四天王と共に、改めて話し合う機会を持った。「みんな、こんなに多くの援軍の申し出があるのに、実際には、ほとんど動員されないっていうのは、なんだか、不思議な感じがするな」私は、率直な感想を口にした。
一益が、静かに答えた。「殿。これこそが、まさに、我らの、確かな強みにございます。実際に動員されずとも、これほど多くの潜在的な力が、常に、殿の御庇護のもとに、備えられている――この事実そのものが、いかなる敵にとっても、大きな脅威として、機能しております」
私は、その説明に、深く頷いた。「そうか……。でも、みんなに、無駄な負担を、かけていないか、正直、心配なんだ」
藤吉郎が、その懸念に、丁寧に答えた。「殿。これらの援軍の申し出は、あくまで、各村や豪族の自主的な意志にございます。実際の負担は、決して、大きなものではございませぬ」
私は、その説明に、少し安堵しながら頷いた。「そうか……。それなら、良かった」
その日の夕刻、私は、拠点の広場で、実際に、援軍として名乗りを上げた、複数の村の代表者たちと、直接、言葉を交わす機会を得た。
「信照様、我らは、いつでも、殿の御下命があれば、馳せ参じる所存にございます」ある村の代表者が、そう告げた。
私は、その言葉に、深い感謝の念を抱きながら答えた。「本当に、ありがとう。でも、みんなには、無理をしてほしくないんだ。まずは、それぞれの村での、日々の暮らしを、大切にしてほしい」
(訳:本当に、単純な想いなんだけど、みんなが、無理をせずに、豊かに暮らせることが、俺にとって、何よりも大事なことなんだ)
代表者は、その言葉に、深く感激した様子であった。「信照様は、まことに、我らの暮らしを、何よりも案じてくださいますな」
私は、その言葉に、少し照れくささを覚えながらも、素直な想いを続けた。「戦になんて、ならないのが、一番いいんだ。でも、もし、みんなを守らなきゃいけない時が来たら、その時は、力を貸してほしい」
代表者たちは、その言葉に、深く頷いた。「承知いたしました。我らは、いつでも、その時のために、備えて参りたく存じます」
その夜、私は寝所で一人、この日の出来事を、静かに振り返っていた。(俺たちの、この、実際には動員されない、でも、確かに備えられている力――これが、俺たちの、本当の強さなのかもしれないな)
その素朴な感慨を胸に、私は、静かに眠りについたのだった。この「兵なき軍議」という、独特の在り方は、以後、保護圏の、確かな安全保障の、重要な柱として、その意義を、さらに、深めていくこととなるのである。
翌日、私は、この援軍の記録を、実際に、藤吉郎の手元で、どのように管理されているのか、興味を持って、確認してみることにした。
「藤吉郎、この記録、どんな風に、整理しているんだ?」私は、興味深そうに、帳面を覗き込みながら、尋ねた。
藤吉郎は、丁寧に説明した。「殿。それぞれの村や豪族が、どれほどの兵を、いざという時に、送り出せるか――その大まかな見込みを、記録しております。されど、これは、あくまで、目安に過ぎませぬ。実際の動員は、その時々の状況に応じて、柔軟に、判断していく所存にございます」
私は、その説明に、深く感心した。「本当に、緻密に、考えてくれているんだな」
藤吉郎は、少し照れくさそうに答えた。「殿の御方針を、確かに、実現するためには、こうした、地道な管理が、欠かせぬのでございます」
私は、その言葉に、深い感謝の念を抱いた。「藤吉郎、いつも、本当にありがとう。お前がいてくれるから、俺は、こうして、安心して、みんなを信じていられるんだと思う」
(訳:本当に、こういう、地道な仕事を、丁寧に続けてくれているからこそ、俺たちの、この曖昧で、でも確かな仕組みが、うまく回っているんだよな)
藤吉郎は、その言葉に、深く頭を下げた。「有り難きお言葉にございます。この藤吉郎、これからも、殿の御信頼に、精一杯、応えて参りたく存じます」
その日の午後、私は、拠点の高台に立ち、周囲に広がる、穏やかな田園風景を、改めて眺めた。かつては、絶望と混乱に沈んでいたはずのこの地が、今や、実際には動員されることのない、しかし確かに備えられた、多くの人々の想いによって、静かに、しかし確実に、守られ続けている。私は、その事実に、改めて、深い感謝の念を抱いていたのだった。




