戦争の終わり
「……ねぇ、どうなの?」
シーアお姉さまの両腕は今、ない。
残っているのは肘より少し上まで。そこにあるのは痛々しく、生々しく残された傷跡だ。その傷跡を隠す様にある服の裾が僕の肌を撫でる。
「……今、触れているものと同じだよ」
失った左目と、シーアお姉さまの腕が触れ合っている。
「……無茶しない、って言ったじゃん」
「ごめん」
「そんな……っ、素直に謝られたら」
僕の体を抱き寄せているシーアお姉さまはそのまま体重をかけ、僕のことを床へと倒す。
衝撃が床から伝わり、店の商品が僅かに揺れる。
店は元から閉めてあった。先ほどまでいた店番の男は空気を読んで既に退出している。
「……ようやく、落ち着けた」
シーアお姉さまは僕の胸元へと鼻を擦り付ける。
「……あぁ、良く知った。ノアの匂いだわ」
「……ちょっ、それはちょっと恥ずかしいんだけどっ」
「私が、見ていた貴方は、……ノアじゃなかった。現実が、見えていなかった。逃げていた」
「……」
前に僕が会った時のシーアお姉さまは僕の幻覚を見ていた。
そのことを、言っているのだろう。
シーアお姉さまの近況は常に商会の人間に報告するよう言っている。報告によると今のシーアお姉さまは両手がなくとも出来る業務も少し出来るようになり、幻覚も見なくなったと聞いている。
何も、僕と会えているから精神が安定し、現実が見えている……ってわけではないだろう。
「……シーアお姉さま」
だから、今、僕の上で震えている女性はありのままの姿なのだ。
前に会った時よりも覇気がなく、弱々しく震えている女性は。
「だから、……もう逃げないわ。やっぱり、私はノアに守られ続けているなんて無理なのっ。もう私は受け入れられるようになった。私が嫁にい」
「無理だよ」
僕は食い気味で、首を振って否定する。
「そんなことない!私はもう!」
「……そういうことじゃないんだ。僕は今、准将。西方でも、東方でも戦果を挙げ、これから再び大将と共に西方へと戻るんだ」
「だから何よ……!」
「だから、もうシーアお姉さまは要らないんだ」
「……はっ」
「ウィルアード侯爵家は、……父上は、シーアお姉さまを既に政治の駒と見ていない。最初は僕が戦地に行くことはシーアお姉さまの婚約の代わりだった。でも、今はシーアお姉さまの婚約が、僕を戦場から下げる代わりにはならないんだよ」
「いや……いや、嫌!?いらないなんて言わないでっ!?貴方が私を要らないなんてっ!?」
「大好きだよ、……お姉ちゃん」
シーアお姉さまを、実の姉を僕は優しく抱き返す。
「はっ、はっ、はっ」
シーアお姉さまの息が荒くなる。
「何で、……何で。私はノアを守れていたはずなのに。お姉ちゃん、出来ていたはずなのに……弱く、なっちゃった」
声が震える。
「ノアが、要らないなんて言うわけない。なのに、私は要らないって言葉だけに反応して……あぁ、こんな女。何処にも価値はないわよ、ねぇ?私が、ノアの代わり……なんて」
僕から離れたシーアお姉さまは体を震わせ、その瞳から涙を流す。
「そんなことないよ」
僕は体を起こし、自分の上にいたシーアお姉さまも一緒に無理やり立たせる。
「僕だって、……大したことはないさ」
互いに顔を突き合わせた状態で、僕はそっと弱音を吐く。
「……戦争。人の、生き死をどうしても……受け入れられない」
遠くない未来において戦争が起こることは覚悟していた。
戦争が起き、シーアお姉さまが戦場に行くことで僕の後ろ盾がなくなってウィルアード侯爵家を追い出されるだろう───その、確信から僕は商会を育てていたと言える。
その中で、僕は戦争に関わる死の商人めいたことをする覚悟を得ようとしていた。
「必要なのは、わかる……だから、やる」
戦争が来る世界。そんな中で、戦争に関わらず一から商人として成功するなんて不可能。
そう思い、死の商人めいたことをやっていた。そして今、何の因果か、僕はついに最前線に立って人を殺している。これが必要だと理解はしている。
「でも、……辛いんだよッ」
でも、心は追いついていなかった。
「ノア……」
「この戦争の終末。終点は何処にあると思う?」
「……終点?」
「あぁ、そうさ。世界各国が総動員で戦争遂行を続けたその先に何があるのか」
「そう、どういん……?」
「最後の英雄が、生まれると思うんだ。対魔法結界の発動にもある程度の訓練がいる。何時か、街すべてを守れるだけの対魔法結界を維持できなくなる時が来るはず」
国際法がいつまで守られているか。
僕はそれが軽視されるときは近いと思っている。まだ、だとは思うんだけど。
「戦争の終わり。それは何処かの国の魔法使いが、何処かの国を焼き尽くすことで起きると思っている。故に、強力な魔法を使える人間を大事に残していた国が勝つ。そう、僕は直感している」
ルノア王国含め、名のある魔法使いの立場は今、急落している。
特に戦争の最前線に出て怪我を追った貴族たちの扱いはぞんざいなものとなっており、戦争末期まで彼らが魔法をそれまで通りに使える状態かはわからない。
「……シーアお姉さま」
僕は目の前にいるシーアお姉さまを見つめる。
彼女は今、僕が語ったことの多くを理解してくれてはいないだろう。
「僕は……その、最後の英雄として……無辜の、民を殺せる勇気がない」
強くあろうとした。
でも……きっと、無理だ。僕は強くなかった。今も、……ニュースベック大将閣下から心配されてしまうような状態で戦争に参加している。
まだ、戦争に身を落としてから一年だと言うのに。
僕は一人で戦えない。そして、……シーアお姉さまも、ただ守られるだけは、許せないようだった。
「守るとか……前に勇ましいこと言ったけど、さ……最後は、頼っていいかな?」
だからこそ。
シーアお姉さまが、守られるだけは許せないから。頼れられたい。そう、思っているから───そんな、逃げ道に転がり落ちるように僕は懇願の言葉をただ口から漏らした。
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