怒号
四つあるワルミールの城門の一角から火の手が上がる。
それを確かに見届けたルノア王国の兵士たちは一糸乱れぬ動きで歩み出す。昼間に十全と休憩を取り、今日に備えた兵士たちが。
「ローレンス少将ッ!」
そんな兵士たちを横目に、後方の司令部でエマの怒号が飛ぶ。
「……何でしょう?エマ第二王女殿下」
「聞いていないわ!今日のところは夜襲に関する予行演習だと私は聞いていたわ!実際の攻勢を行うとは聞いていないわよ!この事態はどういうことかしら!?」
「本日が敵兵の動きが小さく、夜襲を行うのに最適だと判断し、作戦実施を早めました。報告が遅れて申し訳ございません」
怒り心頭のエマに詰められるローレンスは涼しい表情で怒りの声を流す。
「えぇ、寛大な私は報告が遅れたその判断を一旦横に逸らしてあげるわ。その上で、問うわ。ノア……ウィルアード准将の所在よ」
「……」
そんなローレンスも、ノアの名前が出ると共にそっと視線を逸らす。
「知っているのね……?」
「此度の作戦の為、前線へと赴かれました。現在は城門内部にいるでしょう」
だが、すぐにノアが何をしているかの報告を口にする。
「えぇ、知っているわ。それでも彼は実際に乗り込みはせず、帰ってくる。そんな話だったと思うわ。それと、私もついていく予定だった。そうよね?」
「……エマ第二王女殿下を最前線にまでお連れすることは許されません」
「私の!命だったはずよ!貴方は上官の判断に否を叩きつけるつもりかしら!?」
「恐れながら、エマ第二王女殿下は中将の任についておりますが、王女殿下であられます。我々にはルノア王国の将として、御身を守る絶対の役割がございます」
エマの発言よりも、王族を守れという至極当然な方針が優先される。
中将であり、ノアやローレンスよりも階級が上のエマが何を言おうとも、これが王族を守る行為である以上、二人を軍務違反とすることは出来ない。
王族の名は中将よりも重い。だからこそ、エマは中将閣下ではなく、第二王女殿下と呼ばれ、中将以上が集まる王都の御前会議にも呼ばれていなかった。
「……くっ」
頑ななローレンスの言葉にエマは下唇を噛みしめる。
「……忌々しい。何処までも、私の周りにっ」
「エマ第二王女殿下。私は貴方と女だからと見下すことは致しません。ですが、私は根っこからの軍人であり、士官学校を卒業した貴族でもあります。お許しを」
どれだけエマから怒鳴りつけられようとも、王族を守ることを第一とするよう教わっているローレンスが己の判断を後悔することはない。
「ウィルアード准将は立派にも任務を終えられました。我々も役割を終えるとしましょう」
「……ウィルアード准将との合流を急がせなさい。彼もまた、ウィルアード侯爵家の生まれであると共に、唯一の跡継ぎよ。殺させるわけにはいかない人材よ」
「もちろんです。彼の出たがりも本当は止めるべきなのですがね……彼が作戦の根本に居る以上、中々止めにくいのが難点ですね」
「……忌々しい」
ローレンスの言葉に対し、エマは何重にも重なった、重たい言葉が渦巻く小さなつぶやきを落とす。
「……お好きなのですか?」
そんな姿を横に見るローレンスはポツリと、疑問の声を漏らす。
「……はい?」
「いえ、そうまでしてウィルアード准将にこだわっている姿が少々違和感に思いまして。准将がなくなるなど多いことではありませんが、この場は戦場です。ないわけじゃありません」
「……はぁー?ただ、私は共に酒を飲み交わした人に死んでほしくないだけでっ」
「それ以上の感情にも見えたので。失礼でしたか?」
「……あの、あの無神経な男が覚えていないだけよ」
一度、誤魔化しても続いたローレンスの疑問に対し、エマは僅かな悩みの後に言葉を漏らす。
「私は王族で、彼は侯爵家の息子。幼いころに接点があってもおかしくないでしょう?覚えているかしら?私が誘拐された事件」
「えぇ、あの事件を我々軍人が忘れることはありません」
「あの事件で私を助けたのは民間企業だった。その、民間企業はノアと関わりのある企業で……つまりは、私を助けたが彼だったのよ」
「……そんな関係が?」
「私は義理堅いのよ?助けてくれたお礼をしようとして……その時に、ノアの言った言葉がわかるかしら?」
「王族を助けるのは貴族の義務です。対価など」
「そんな愁傷な心掛けで商人は出来ないわよ?僕は土塊だから。そう笑って後の言葉を続けたのよ」
あの日にノアから告げられた言葉をエマは忘れるつもりがなかった。
「『何時かは家からも追い出されるだろうし、自分で作らない限り土塊の僕の居場所はないだろうからね……嫌なことに軍靴の足音も聞こえている。僕の未来は前途多難なんだ。だから、近い未来。何かあった時に僕を助けてよ。今度は僕を守ってくれると嬉しいな?』」
「何とも図太い」
「でしょう?その言葉もあって、私は……軍に入ることを決めたのよ。私が軍人としてこの国を、そこに住まう人達を守ると。だから、貴方は私に守れられた国の中で安全に商売をしてなさいと……そう言って、あいつはそれを約束だからねと宣ったのよ!?」
再び、エマの怒号が飛ぶ。
「私に守られるって!私に恩返しとしてそれを求めた!だから私は今、ここにいる!」
「……」
「それなのにあいつはのうのうと戦場に出てきて、私を置いて戦場に立っている……守れ、そう言った女の前であいつは誰よりも前に出ているのよ?私が覚えていた言葉をのうのうと忘れて、私の前に立って。だから、私も無視してやるのよ」
それを侮辱と捉えた。
のうのうと自分もいたあの場で悪びれる様子もなく着任の挨拶を口にしたノアを許せなくて、その挨拶をあの日無視した。
「あいつは、私にとってただ酒を飲み交わしただけの相手よ。だから、気にしてやるのよ」
「……なるほど。思ったよりもウィルアード准将が酷かったですね」
「でしょーう!?」
助けられたときに、惚れたのですね。
誰か見ても余計と言えるその言葉をローレンスはちゃんと飲みこみ、ただノアを非難するエマに同調するのだった。
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