ボルフ少年期②
マルコが剣を抜いたと同時に、四匹のゴブリンが殺到したのだ。
マルコは「う、うわあっ」と悲鳴を上げて地に伏した。
そこには血みどろのマルコが横たわっていた。
俺は無意識のうちに木から降りていた。
そして逃げ出した。
しかし逃げる俺の耳に、人間の怒鳴る声が聞こえた。
「よくもマルコをっっ!」
「お前らただで帰れると思うなよ!」
アガフォン兵長とミロンの声だった。
戦っている。
マルコの仇をとるために、命を賭けて二人は戦っている。
俺はどうか。
真っ先に逃げ出した卑怯者だ。
俺は立ち止まる。
ふと自分の手の平を見つめる。
「俺に出来るのか……」
人間相手の喧嘩やジャイアント・ラットには負けない自信がある。
だけど今回は武器を持ったゴブリンで、しかも数が多い。
「いや、悩んではいられない!」
俺は振り返り仲間の元へ走り出した。
草を掻き分け現場に躍り出ると、数匹のゴブリンに槍で刺されているミロンが目に入った。
その途端、身体が硬直して動けなくなった。
良く見知った人間が、こんなにも間近で惨殺されるのを初めて見たからだろうか。
近くで戦っていたアガフォン兵長が叫ぶ。
「ボルフ、逃げろっ!」
見ればアガフォン兵長の周囲にはゴブリンの遺体が三匹。
だが彼自身、身体のあちこちから血が流れている。
それでも多数の敵に抗おうと、必死に戦っている。
そんな状況でも、新兵である俺を逃がそうとさえしている。
言葉が出てこなかった。
それどころではなく、逃げる選択も戦う選択も出来ないでいた。
そこへ俺の存在に気が付いたゴブリンが一匹、槍を構えて向かって来た。
恐怖で立ち尽くすしか出来ない。
「ボルフッ!!」
再びアガフォン兵長の声。
反射的に身体が動いた!
俺はナイフを腰から引き抜く。
あのボロボロの小型ナイフだ。
刃渡り10センチほどで、とても戦いで使う代物ではない。
だが俺にはそれしかなかった。
ゴブリン兵が俺に向かって槍を突く。
俺はそれを避けると、突き出された槍の柄を握って引き寄せる。
子供の様な体格のゴブリンに力で負けるはずもなく、そのゴブリン兵を俺の目の前まで手繰り寄せる。
目を丸くして驚いて見せるゴブリン。
こんなにも間近でゴブリンの顔を見るのは初めてだ。
そして俺の手は無意識にゴブリンへと動いた。
ゴリッとした感触。
持っていたナイフをゴブリンの喉元に食い込ませたのだ。
そしてそのまま喉を掻っ切った。
「ギャボッ!」
ゴブリンが変な声を上げた。
その悲鳴にアガフォン兵長と戦っていたゴブリン兵の内二匹が、俺へと矛先を変えた。
これでアガフォン兵長に対してゴブリン二匹、俺に対しても二匹となった。
アガフォン兵長が気合いの声を上げて槍を振り回し、俺に近付こうとする。
その振り回した槍が、ゴブリン兵の脇腹に入った。
だがそれが良くなかった。
そのゴブリン兵は、倒れながらも槍の柄を掴んだからだ。
そのちょっとの隙に、もう一匹のゴブリン兵の槍が襲い掛かった。
.
槍はアガフォン兵長の脇腹に突き刺ささる。
「ぐあああっ」
アガフォン兵長が苦悶の表情で呻いた。
俺は目の前のゴブリン兵を無視して、アガフォン兵長に対峙するゴブリン兵にナイフを投げつけた。
それが上手い具合いにゴブリンの胸に刺さる。
「ギャッ」
アガフォン兵長は、拳でそのゴブリン兵二人をぶっ飛ばす。
しかしその後直ぐに地面に膝をつく。
俺はゴブリン兵二匹を相手に武器は棍棒のみ。
ゴブリン兵か時間差で槍を突いてきた。
俺は兵長を助ける事で頭が一杯になる。
気になって目の前の敵に集中出来ない。
距離をとって槍を躱すので手一杯。
そこでアガフォン兵長が俺を見て言った。
「俺は……ポーションを持ってるから平気だ。お前は目の前の敵を早いとこ何とかしろ……」
そうか、そういうことなら。
俺はゴブリン兵の槍の柄を掴む。
さっきまでが嘘の様に身体が動く。
そのままゴブリン兵を引き倒し踏み付けると、ゴキリと音がして動かなくなった。
もう一匹のゴブリン兵には、持っていた棍棒を投げ付ける。
だがそれで終わりじゃない。
接近してそいつの首を鷲掴みにしてやった。
そしてそのまま持ち上げる。
すると槍を手から離してジタバタするゴブリン兵。
俺が自分の腕を軽く捻ると、ゴキッと音がして白目になった。
ゴブリン兵の腕は、力なくだらーんと垂れ下がった。
終った……
俺がアガフォン兵長へ振り向くと、地面に横たわる姿が目に入った。
凄い出血量だ。
「兵長!」
俺は走り寄る。
傷口を見ると全然治っていない。
俺は慌ててアガフォン兵長のバッグを探る。
「兵長、ポーションはどこですか!」
俺の問いにアガフォン兵長は弱々しく答えた。
「そ、そんなもん……買える訳ねえだろ……」
「え、そんな……」
俺を戦いに集中させる為にあんな事を言ったのだ。
「ボルフ、俺の、武器……持っていけ……死ぬなよ……」
アガフォン兵長の目からは、精気が徐々に消えていった。
俺は兵長の槍と小剣を貰い受け、もと来た道を帰り始めた。
たった一人で。
小走りでの帰り道。
先程の光景が何度も頭の中を過ぎる。
仲間が次々に死んでいった光景。
そして親父の様に慕っていたアガフォン兵長の死。
何度も見た人の死だったが、こんなに間近で触れたのは初めてだ。
だが、悲しいという感情はなかった。
その代わり、自分の不甲斐なさを何度も悔やんだ。
「強くなりたい」
真剣にそう思った。
野営地につくと、俺が一人で帰って来た事で騒ぎになった。
俺は一人で分隊長へ報告に行ったが、その辺りから記憶がほとんどない。
ただその日の夜、残った分隊の兵達の奢りで、さんざん飲み食いした記憶はある。
ガジャイモの串焼きは初めて食べたのだが、未成熟のガジャイモを三つ串に刺して焼いただけの食べ物なんだが、想像以上に旨い。
ホクホクに焼けたイモに、普通は岩塩を掛けて食べるのだが、マトマソースを掛けた串焼きは絶品で、お値段もちょっと高めだ。
この赤いソースが曲者らしい。
そして定番のモロコス焼きである。
茹でたのも旨いが、やはり焼いたのが一番旨い。
噛むと甘くてジューシーな汁が口に広がる。
分隊の誰もが歯の間に黄色い何かが挟まっていた。
俺にとってこの日は、初めて腹一杯の食べ物を食べた日でもあった。




