第八節 天使の愛
世界を股にかける大女優、ガブリエル・ルシフォード。
アリスが隆也の言ったように神話に出てくる美の女神ならば、ガブリエル・ルシフォードは自分の名に恥じることのない美の大天使だろう。
だが俺はガブリエルの美しい美貌にも圧倒的なスタイルよりもガブリエルが言った言葉に俺の中で時が止まった。
全身に鳥肌が立ち頭はの中は真っ白になる。だが段々と落ち着きを取り戻しながら冷静になるのと同時にガブリエルを警戒する。
「何故天獄の事を知っている。いや何故俺が、いや私がルシフェル・ルシファーだと知っている」
私はたぶんとても低い声で氷のように冷たく言い放っただろう。でも警戒しなくても本当は分かっている。彼女は何者なのか、どういう存在なのか。
「何故ですか、おかしな事を聞きますね。本当はもう分かっているんでしょう。ですがその前に‼」
「ッ‼」
10メートルもあった私との距離を一気に詰められる。これは…抜き足‼
本来抜き足とは、古武術。膝を抜く歩き方だ。前に悠斗に見せて貰ったアニメも使って瞬間移動の様にやっていたが、本来そんな人間には不可能だ。そう人間ならね。
私や目の前にいるガブリエル、『天獄』の存在なら抜き足を用いて瞬間移動の様なものは簡単だ。
気がつけば私は、ガブリエルに押し倒され背中に少し痛みが走る。だがそんな痛みよりも、今の体勢がとても危ない。
部活生が部活に精を出している夕方。校舎の屋上で堅いコンクリートに押し倒され、世界的に有名な大女優のガブリエルが覆い被さる様な体勢になっている。
そして、ガブリエルのウェーブのかかったプラチナブロンドの髪がカーテンの役割を果たし、二人だけの空間を作り出す。
片手は恋人同士の様に指を絡め、もう片方の手は手首を抑えられる。
身動きの出来ない私の目の前に、鼻と鼻がくっ付いてしまうほど近くに彼女の、ガブリエルの美しい顔がある。
彼女は、エメラルドグリーンの様な美しい翡翠の瞳を閉じて、自分のピンクの柔らかそうな唇を私の唇に押し付ける。
「……⁉」
何が起こったのか、俺にはわからない。どうしてこうなったのか、私にはわからない。
ただ、わかるとするのなら。唇に伝わる柔らかい感触と、カーテンの役割を果たしているガブリエルの髪からシャンプーの良い香りが私の鼻孔をくすぐる。そして何よりも圧倒的存在感を放つガブリエルが持つ、とても柔らく弾力のある豊満な肉の双丘が大きく形を変えながら俺に押し付けられる。
そして、ガブリエルの当然の口付けに麻痺していた脳が、ようやく再起動する。
だが、抵抗しようにも手は抑えられ、体を起こそうにも密着しているせいで何もできない。そんな俺を放って、ガブリエルの口付けは段々と過激になって行く。
ただ優しく触れているだけだったはずなのに、突如俺の口内に熱くてヌルっとしたものが侵入した。それがガブリエルの舌だとすぐにわかった。
ガブリエルは、俺の口内を徹底的に味わい尽す。歯茎を、歯の裏を舐め回してから俺の舌へと絡みつき、互いの唾液を交換し合い喉奥にガブリエルの唾液が流し込まれ、されるがままの状態になっている。
くちゅ、くちゃと淫猥な音が俺とガブリエルを興奮させる材料となる。キスは止まらずにガブリエルは頬を染めて俺の手を強く握りしめてもっと強く、もっと濃密に絡もうと舌を蠢かす。
「ぷ、はぁ……」
ようやく顔を放される。すると、俺とガブリエルの唇を繋ぐ銀橋ができる。
ガブリエルは、俺の腹の上に跨り唾液に濡れた唇を手の甲で拭うと、恍惚とした表情ではぁはぁと荒い息をつく。
「…ふふ。ルシファーとの久しぶりのキス。こんな状態で申し訳ないのですが、自己紹介しましょうか」
いや、何言ってんだこの天使。さっきまで過激なキスをしといて…
そんな俺の心情を放って、ガブリエルは老若男女関係なく虜にするような満面の笑みで自己紹介をする。
「私の名前はガブリエル・ルシフォード。一応女優をやっています」
そして、と付け足すと一瞬にしてガブリエルが纏っていた空気が変わる。先ほどのアリスとは全く異なる空気、やっぱりか、と俺は思いながら彼女の顔を見る。
「元天獄;熾天使、序列第二位のガブリエル、改めましてお久しぶりですねルシフェル・ルシファー」
「…ガブリエル、一体俺に何の用だ? それとさっきのキスは何だ?」
「そんな怖い顔しないでください。キスについてはもう我慢できなくてつい。用と言うのは告白です。先ほど去って行った女の子と同じで告白しに来たんですよ」
「へ、告白?」
余りにも予想外なことを言って来たため聞き返してしまう。
「はい、愛の告白です。ルシフェル・ルシファー、いえ榊修斗さん。私と結婚を前提に付き合ってもらいませんか?」
「・・・」
もう胃に穴が空きそうになってくる。何なんだこの告白の連鎖は!?次から次へと・・・
しかも相手は世界をまたにかける大女優であり、しかもかつての仲間って・・・凄い複雑なんだけど。
「せっかくの愛の告白なのに無反応とは酷いんじゃないですか?」
「あ、ありがとう?と言うか何で俺なんかに告白するんだ!さっき俺が告白されたのは知っているだろう!!それに・・・」
「それに?」
「・・・恨んだりしてないのか?俺は天獄、お前の大切なものを壊した張本人だぞ…」
「ぷぅ!うふふふふ!!」
何か俺面白いことなんて言ったか?突然笑い出して失礼だな、こっちは真剣なんだが・・・
「ふふ、私がルシフェル、貴方を恨む訳ないじゃないですか。もし恨んでいたら告白なんてしませんし、先ほどキスなんてしません。何よりわざわざルシフォード何て苗字使うわけないじゃないですか、ふふ」
何で俺とガブリエルの苗字であるルシフォードとどう関係あるんだ?
「ルシフォードと言う苗字は貴方からとったんですよ。ルシファーのアをオに変えてドを足してルシフォード中々いいでしょう」
確かに誰が好き好んで恨んでいる奴の名前を苗字に使ったり、熱烈なキスなんてしないか。だが何というか困ったなこれはこれで・・・
「ああ言い忘れてましたが返事は今すぐじゃなくてもいいですよ。天月さんの事やさっきの女の子の事もありますし、取り敢えずこれ私のプライベートの電話番号とメールアドレスです。ではこれから仕事があるので」
そう言ってガブリエルは、立ち上がって去って行った。
いや、ちょっと待てよ。いきなりキスされて、さらに愛の告白したと思ったら電話番号とメールアドレスの書かれた紙切れ渡して勝手に帰って行ったけどちょっと自由過ぎないか、でも返事を返す猶予を貰えただけでもかなりいい方か。
今日はもうかなり濃いことがあり過ぎて精神的にもう帰りたいんだけど、それを許してくれないのが現実だよなぁ・・・
あと残っている…二通の手紙、雑誌の切り抜きで作られた脅迫状らしき手紙と俺の人権を無視した手紙が…。
「行くなら近い大学部の保健室から行くとするか」
そう言って、俺は起き上がり大学部の保健室に足を運ぶ。




