(レ)多々喰え! 〈レッドストライカー〉!-正義の味方の食事事情:飯 本編前
「あー、マァジ疲れた……。ったく、雑魚らしく次々湧いて来やがって鬱陶しい……」
〈レッドストライカー〉大河原圭介は夜の街を彷徨いながら毒づいた。
〈ブラックパルサー〉の施設から脱走して数か月、何度となく襲撃を仕掛けてくる追手との戦闘。最近はある程度慣れてきてはいるが、今回の襲撃は今までよりもやっかいだった。周辺被害を省みない、むしろ喜んで周囲を巻き添えにしようとする〈ブラックパルサー〉の刺客。よりにもよって市街地でその襲撃を受けた圭介は死に物狂いで応戦した。周囲に被害を出さぬよう、一挙手一投足、一撃一撃に全力を注ぎこんでの迎撃。戦闘員数百体、〈メタコマンド〉十体。小国の首都なら滅ぼしてしまえる戦力を市街地から引き離しつつ倒すという偉業を達成した圭介は、その代償として凄まじい疲労とダメージを負っていた。
自己修復能力で傷は塞がったが、夥しい出血と大きな損傷を負った肉体の再生に体力を大きく消耗した圭介は、既に倒れ込む寸前だった。いつまた襲撃があるかも知れない状況でこの状態はあまりにも無防備だ。それでもどうにか追跡を撒いた圭介は、街に戻ってその一角にある廃ビル……身を隠すのに使用している仮住まいに辿り着いた。
自分と敵の血、煤に汚れたジーンズとシャツをパンパンと手で払うが、それもすぐに面倒になって止める。
「はーっ、はーっ、クソッタレぇい……」
散らかってはいるが、最低限の掃除はしてある床に仰向けになり、疲弊した身体を一時休める。
〈ブラックパルサー〉と戦い続けて来た圭介だったが、これ程の大攻勢を掛けられたのは初めてだった。流石は世界中に死と破壊を振り撒いているだけあって、圭介が思っている以上に強大な組織らしい。
「やれやれ、先が見えない戦いってのはしんどいやね……」
倒せども倒せどもキリがなく襲い来る敵にたった一人で挑む絶望感。警察や軍にも協力を仰ぐことは難しい。彼らが命を賭して戦っても、出来るのは精々が市民が避難するまでの時間稼ぎだ。圭介が〈ブラックパルサー〉から奪った情報や機材をリークしているので、じきに何らかの対抗策は見出してくれるとは思うが、現状ではまだそれは不可能だ。
組織の全貌も未だ掴めておらず、自分が与えるダメージが少しでも蓄積されているのか、それともそれを上回るペースで力を付けて行っているのかもわからない。
果たして、自分はどこまで戦えるのか。
あまり面白くない結論を導き出しかけた圭介は、敢えて不機嫌そうな表情を顔に浮かべて起き上がった。
「あーっ! ダメだダメだ! こんな状態でいくら悩んだっていい方向になんか考えれるわけがないってーの!」
ふんっと鼻から息を吐き出し、両手に握っていた物を見下ろす。
それは、大量の食品が詰め込まれたコンビニの買い物袋だった。
疲労と出血で頭がふらつく中、それでも圭介はニッと笑う。
「ま、こんな時は飯だよ飯。心身の健康に欠かしちゃならんのは飯と睡眠だ」
事実、圭介が今何よりも必要としているのがこの二つだった。
〈メタコマンド〉とて、ロボットではない。身体の大部分は有機的な肉体で構成されている。疲労や傷の回復には栄養と休息が必要なのだ。まして今は戦闘により莫大なカロリーを消費している。疲労と栄養不足で小刻みに震える手を袋に突っ込み、圭介は一本のペットボトルを取り出した。
「……」
そう言えば、水分も不足しているのかひどく喉が渇いている。それを自覚した圭介は喉を鳴らしつつ、炭酸飲料の入ったボトルの蓋を開け、口を付けた。
「……カーーーーーーーッ! 美味い! バカみたいに美味いな! 仕事の後の一杯は格別って奴か!?」
凄まじい快感だった。
乾燥しつつあった口と喉を、良く冷えた液体が炭酸の刺激を撒き散らしながら駆け抜け、空虚な胃袋の中に突っ込んでいく。甘く清涼感溢れる感覚が口の中に広がり、圭介は思わず目を見開く。
「たかが炭酸飲料でここまで感動できるのか……。そう考えると悪くないなあ」
疲弊した神経を炭酸の心地よい刺激がリフレッシュさせていくような感覚に満足げな笑みを浮かべ、あっという間に五百ミリリットルの液体を飲み干した。
「ゲフッ……。素晴らしい。カロリーもそこそこあるし、戦闘の後は水やお茶よりジュースがいいかな」
ゲップと共に深い深い息を吐き、圭介は幸せそうに瞑目するが、のんびりともしていられない。刺激的な炭酸が胃を呼び起こしてしまったのか、強烈な空腹感が圭介に襲い掛かって来たのだ。
圭介は袋に手を突っ込み、今度はから揚げ、焼き鳥、フランクフルトといった、タンパク質類を取り出す。
「くっそお、こんな美味そうな物をレジ横に配置するなんて、消費者に対する罠だぜ罠。特に俺みたいな怪我人にゃあ、血肉になるこいつらはマジ御馳走だし」
炭酸飲料の糖分が早くも吸収されたのか、それとも飲み物を口にしたことで気力が回復したのか。逸る手でから揚げを摘み上げて口に放り込む。
「んふーーっ!」
既に冷めつつあるにも関わらず、パリパリとした触感と塩気、そして歯でそれを噛み千切ると現れる柔らかな触感と肉の味。素晴らしい体験を少しでも長引かせるべく咀嚼を繰り返すが、その味覚に刺激された胃は「早く寄越せ」せっついてくる。その圧力に負けた圭介は次々にから揚げを頬張っては飲み込み、あっという間に食べつくしてしまった。
「ええい、次!」
焼き鳥を口に入れた瞬間、タレの甘辛い味と柔らかな触感が舌に襲い掛かる。そのタレがよく染み込んだネギを串から奪い取り、噛み千切る。シャキッという感触と共に水気が広がり、苦みを含んだ風味がから揚げの油に覆われていた口の中に清涼剤のように広がる。続いて鶏肉を頬張ると、先程のから揚げとは違う柔らかな食感が舌に走った。
「美味い……。何だこの美味い食い物、バカじゃないか?」
賛辞と罵倒の区別がつかない程の衝撃的な美味さに耐えながら圭介はたちまち焼き鳥も胃袋に収め、フランクフルトに手を伸ばす。
別の容器に入ったケチャップとマスタードをもどかしい思いをしつつ残らずフランクフルトの上に絞り出し、かぶりつく。
「うん!」
思わず頷いてしまいながら、やはり冷めてしまいつつあるフランクフルトを齧る。調味料の濃い味が舌を強烈に刺激した後、鶏肉とは異なる食感と肉汁の旨味が染み出してくる。串から早々に肉を引っこ抜き、そのまま全て平らげた。
「はーっ、コンッビニ最高……」
袋をごそごそとやり、次におにぎりを取り出す。具はシーチキンマヨネーズだ。単純に気に入っている具でもあるが、マヨネーズというカロリーの塊を含んでいることも買った理由の一つだ。
「ええい、もちっと簡単に剥けないもんかねこの包装は……」
よくある、改造人間特有の力が制御できない悩みなど関係なく、単純に少々開封しにくい包装を剥がし、噛り付く。
ノリの心地よい固さと塩味の後に、白米の柔らかさと甘さが堪らない。先程までの濃い味と違い、淡い味覚を楽しんでいくと、不意にこれもまた心地の良い塩辛さとみずみずしいシーチキンマヨネーズの食感に行き付く。デンプンと塩分の調和を口の中で楽しみ、名残を惜しみつつも飲み込む。
「はあーっ……」
まだまだ空腹は満たされていないが、取り敢えずは一息つく。
買い込んだ食料はまだまだあるが、その前に一つやるべきことがある。胃袋がすっからかんの状態を脱し、気力がある程度回復した今の内に、やらねばならない事が。
圭介は重い溜息を吐き、別の袋から一つの容器を取り出した。
まだ外袋さえ開封されていない、業務用一キログラムのマヨネーズだった。
「……」
圭介はゆっくりとそれを開封しつつ、凄まじく嫌そうな表情を浮かべていた。
〈メタコマンド〉、改造された肉体ではあってもカロリー消費量は常人とそれほど差はない。だが、戦闘行動を行ったとなると話は変わる。敵に一撃入れる、その一動作だけで、カロリーは成人男性が一日に消費する量とは比較にならないほど消費する。
通常の食品だけでそれを補給しようとすると、とんでもない量が必要になる。真っ当な生活基盤を失っている圭介にとって、それだけの食品を確保するのは金銭的にも時間的にも難しい。さらに失った血液や損傷した組織の再生にタンパク質も必要だ。
そうなると安価かつ、少量で高タンパク高カロリーを摂取出来る物を選ばなくてはならない。〈ブラックパルサー〉の施設ならば、お世辞にも美味いとは言えないが、専用の栄養食がある。しかし圭介が容易に入手できる食品となると、マヨネーズぐらいしか適当な物がないのだ。それに、味に関しては〈ブラックパルサー〉の栄養食よりはるかにマシだ。脂っこさは如何ともし難いが、少なくとも人の食べる物だと胸を張って言えるのはマヨネーズの方だろう。
「……ええい、ままよ」
圭介はもう一度ため息を吐くと、目を閉じてマヨネーズ容器の口を咥えた。
「……!!」
次の瞬間、血走った目を見開く。
マヨネーズ自体は決して嫌いではない。むしろ通常の食事ならば、多用していると言ってもいい。だが、脂っこいドロドロの調味料を直接喉に流し込むのは流石に苦しい物があった。
「ぐっ、うっ……ウブブウウゥ!」
だが、それでも口は離さない。今ここで止めたら、二度と再びマヨネーズに口を付ける勇気は失われてしまう。非戦闘態勢でも常人を容易に上回る握力で容器を絞り、死ぬ気で中身を吸出し、僅か一分程で圭介はマヨネーズを飲み干した。
「っ……! っ!! ぅえ!」
口も、食道も、胃袋も、油ぎったマヨネーズにコーティングされ、強烈な吐き気を覚えつつ、圭介は更に袋をガサガサと慌てて漁り、二リットル入りの炭酸飲料を引きずり出す。蓋を開け、勢いよく口の中に流し込む。
「っ、っ、っ、っ、……っ!? ブホッ! ゲホッ!」
炭酸が腹と胸と喉を内側から圧迫し、圭介は思い切りドリンクを噴き出す。だが、未だに油分を洗い流せない喉の不快感と糖分を求める身体が炭酸の清涼感を求めてくる。最初の一口である程度は油分も洗い流せた。チビチビと、今度は少しずつ喉を洗う。
「……えふっ」
どうにか一息吐いてペットボトルを床に置いた時だった。
ボンッ、と派手な音を立て、ペットボトルが破裂した。中身を撒き散らしながら派手に飛び、壁にぶつかって落ちる。
「暢気にお食事か? いいご身分だな、〈レッドストライカー〉」
見上げると、黒い戦闘服に身を包んだ男が一人立っていた。
〈ブラックパルサー〉の〈メタコマンド〉だ。追手の生き残り……否、新手だろうか。明確な殺意と、嗜虐的な笑みを浮かべて圭介を見下ろしている。
「コソコソと逃げ回って、こんな安物を貪り食って、惨めったらしいなあ。ま、そんな無様な逃亡生活もここで終わりだ」
瞬間、圭介の意識は消し飛んだ。
主原因は、怒りだ。
「ガッ、アガァァアッ!?」
気が付いた時、圭介は男の顔面を床にめり込ませていた。
栄養失調の身体を、戦闘態勢に移行させることもなく、戦闘服も着ずに、相手に反応さえさせないまま。
「……悪いんだけどさ。俺、今滅茶苦茶に気ぃ立ってんだわ。惨め? 無様? ああ、そのとおりさ。おまえらのおかげでな」
補給したばかりの僅かな栄養を振り絞り、相手の頭部を締め上げる。
「ガッ、アグっ! アアアアアッ!」
「んで、その落とし前はどうつけてくれんの?」
そのまま頭を持ち上げ、圭介は怒りで引き攣った笑みを浮かべた。
「まあいいや。見ての通り、貧乏飯なんだ。おまえらのおうちにゃあ、善良な市民から巻き上げた金でさぞや高級な食い物が揃ってるんだろうねえ。どうだろ、この哀れな貧乏人にその所在とか教えてくれると嬉しいんだけどね」
「ガッ……、誰に、物を言ってる!? 貴様なんぞが何を偉そうに……グアッ?」
相手の言葉を待たず、圭介はもう一度その顔面を床に叩き込む。
「〈レッドストライカー〉が、〈ブラックパルサー〉の大馬鹿に、飯を食わせろと命令してる、という認識でOK? 大丈夫、ちゃあんと案内してくれたら命までは取らないって」
「……で、結局こうなんのよね」
煤に汚れた戦闘服に身を包み、圭介は小さく肩を竦めた。
山中に築かれた〈ブラックパルサー〉のアジトは、〈レッドストライカー〉の突入により完全に壊滅していた。黒煙を上げ続ける地下への入り口の傍で腰掛けた圭介は溜息を吐き、夜が明けつつある天を仰ぐ。
「美味しいご飯は全部灰になっちゃいましたとさ。あー、もったいな……」
持ち出した図面を睨みつつぼやく。廃墟となったアジト内部に焼け残っている資材などを売り払えばそれなりの金額にはなるだろうが、手間暇を考えると面倒この上ない作業だ。
「何にせよ、腹ごしらえしてからだな」
足元で燃える焚火と、そこに掛けられた鍋の中で煮え立つ湯に視線を落とす。廃ビルから持ち出してきたカップ麺やインスタントのスープ類を調理すべく、燃え盛る悪のアジトから強
奪した火で煮えた水だ。
「さて、蒸発しちまわん内に、次の準備せんとね」
圭介は鍋の湯をいくつかのカップに注ぐと、既に湯を注いで三分程が経過した別のカップを手に取った。
持参した割り箸で中の麺を摘み上げ、熱いスープの絡んだ麺をズルズルと啜り込む。
魚介ベースの濃厚なとんこつ味が口の中にするすると流れ込んでくると、不機嫌な表情が幸福に塗り潰される。
「はあーーーーーーっ! 貧乏飯最高ーーーーーー!」
山稜の向こうから昇ってくる朝日の下、スープの飛沫と一人の戦士の歓喜の叫びが響き渡り、一日が始まった。




