病ingラヴィニア2―安静は百薬の神―:本編直後 看病イベント
「……」
上半身を起こしたラヴィニアは、ふわふわと揺れて安定しなかった。
ただ身を起こすだけのことだが、両手をベッドについてようやく倒れこむのを防いでいるといった様子だ。視線こそ定まっていたが、そこにはいつもの快活な光はなく見るからに痛々しい。病人なのだから当然だが、ラヴィニアの容姿が実に可愛らしい幼げなものであることも間違いなく一因ではあるだろう。
「……これは、起きたまま食べるのは難しいかな」
「むぅ、別にこの程度……」
言葉だけなら威勢の良さが残っているものの、活力が感じられない。実際、声より苦しげな息遣いの方が目立つ。
できれば横になってもらった方がいいのだろう。とはいえ寝たまま食べるとやっぱり零れやすいので、可能な限り起きてもらっていた方がいいのだが。
「……あ」
「ちょっ、おーおーおー!」
唐突にラヴィニアがバランスを崩し、仰向けに倒れこむ。ベッドの上なのだから、別に倒れたところで問題があるわけでもないのだが、とっさに背中に手を回して支える。
「……すまない」
「……どうせだから、このまま食べる?」
「え?」
「上体を起こすのが精一杯でしょ」
「……そうだが、うむ」
少し馴れ馴れしすぎたかと思う反面、病人の看病だし、このぐらいは当たり前にすべきなようにも思う。もちろん、ラヴィニアとて一人の女性ではあるわけで、それに対して少し軽率ではあったかもしれないが。
「では、頼む……」
が、ラヴィニアは比較的あっさりとその案を受け入れた。
どう見ても当人に余裕がないし、僕も人として主人としてラヴィニアの世話をするのに何らおかしなところはない。そういう意味ではラヴィニアが受け入れてくれるのも当然ではある。
「うん。それじゃこれ、食べられる?」
「ん……?」
ラヴィニアを背中から抱きかかえたまま、冷凍庫から持ち出したカップのアイスを取り出す。
「……変わった、見た目だな」
「味は悪くないと思うよ? 甘いのは大丈夫?」
「ああ……」
胸の中、高熱に冒されたラヴィニアの体温を感じつつバニラアイスにスプーンを突き立てる。ガリガリと冷たい固形物を削り取り、ラヴィニアの口元へと運ぶ。
「はい、あーん」
「あぁ、む……」
ラヴィニアは少し顔を前に動かし、スプーンを咥えた。
「……冷たいな。甘くて、気持ちがいい」
「そっか。口に合ったなら何より。まだまだあるから、食べられるだけ食べちゃってよ」
「ああ」
どうやら気に入ってもらえたらしい。少しずつではあるが、順調に食べ進めてくれている。考えてみれば、口の中で勝手に溶けるから食べるのは楽だし、おかゆやオートミールといった病人食に比べて単純に美味でもある。
一口ずつラヴィニアの口にアイスを運ぶこと十分弱、どうにかカップは空っぽになった。
「ありがとう、実に美味かった」
「良かった。まだ他にもあるけど、どうする?」
「いや、十分だ……」
どことなく幸せそうに答えるラヴィニア。声にも少しではあるが元気が戻っている。
「取り敢えずは落ち着いたかな。後は薬飲んでもう一眠りするといいよ」
「……そうだな。もう少し、甘えさせてもらおう」
ラヴィニアを抱えたまま水差しから湯呑に水を注ぎ、包装から錠剤を取り出す。
「はい、あーん」
「今更だが、少し恥ずかしいな。あむ……」
ラヴィニアの口元に持って行った錠剤を柔らかい唇がついばむ。熱のせいか潤いが少し不足していたが、それでも指先に触れる感覚は心地いいものだった。
「ん、く……」
水を口に含んだラヴィニアは、少し上を向いて錠剤を呑みこむ。
「たはは、やっぱりちょっと馴れ馴れしかったかな?」
「……別に、そうは思わない」
「そう? なら今後もちょくちょくさせてもらおうかな」
「……それも恥ずかしい」
ラヴィニア僕に背を向けて横になり、もそもそと布団を被ってしまう。
少しだけ、元気になってくれたようだ。
風邪とはいえ、寝込んでいると心細い物だ。
纏わりつく熱、四肢を蝕む鈍い痛み、悪寒に眩暈。満足に動くことも叶わず、重い体を横たえて、ただ回復を待つしかない。
何も出来ず、どこにも行けない。
それでも、暖かな家で家族の看病を受けられるのなら、それは無上の幸いだろう。
汚れた薄いぼろ布一枚を頼りに、固く冷たい地面に横たわるのはひたすらに苦痛だ。
否。高熱に震えながら雨風に曝され続けるのはもはや地獄と言っても大げさではないだろう。そのくせ、なまじ人間より頑丈だから、そのまま死ぬことさえない。
何度かそんな経験をしてきた私にとって……
(天国は実在したのか……)
ここはまさしく天国、楽園だった。
五分ほど前。
ある程度熱も下がり、ご主人の勧めでシャワーを浴びた私だったが、自室に戻って目にしたのは、汗でびしょ濡れになった自分の布団とそれを見下ろして悩むご主人だった。
一応、私も女ではある。汗だくになった布団を見られるというのはあまり気分がいい物ではない。が、それ以上に現実的な問題があった。
すっかり汗も流し、ホクホクと湯気が立つほど温まった身体。清潔で柔らかな寝間着に着替えた。そして眼前のベッドにははっきりとわかるほど濡れた跡がある布団。
さあ、ここで眠れと言われてもこれはかなり勇気がいる。
あっという間に体が冷えそうだし、生濡れの布団に横たわる感覚はあまり想像したくない。
無論、かつての地獄と比べれば比較するのが馬鹿らしいほど恵まれていることはわかる。自分の感情は、贅沢以外の何物でもないと理解している。理解しているが……。
「ドライヤー使っても、十分二十分じゃ乾かないだろうなぁ……」
時は戻る。
私は暖かな寝床で、楽な姿勢で横になっていた。
が、決して安らいでいるとは言い難い状況でもあった。
快、不快で言えば間違いなく、もう誰が何と言おうと快だ。惜しむらくは病と緊張のせいでその快を全身全霊で味わえない事だろうか。
「ん……また熱が出てきたかな?」
私のうなじにそっと手のひらを当て、ご主人が言う。煮え滾る血液が駆け回る首に、ひんやりとした手触りが心地いい。
(恐らくはあなたのせいだと思うが……本気なのか、とぼけているのか)
体温も上がるだろう。
敬愛する主の寝床で、その主本人に添い寝されていれば、流石にそうなる。
最初は、私がご主人のベッドを借り、ご主人はソファーで寝るという提案を受けたのだが、流石にそれは私も「はいわかりました」と肯首出来ない。が、ご主人はご主人で「病人が気を使うんじゃないの」と譲らない。数分間の問答の後、私がくしゃみを一つした時、ご主人は重苦しく沈黙して言った。
言い争ってもしょうがない、もう寝よう、と。
ベッドに入り、私に手招きして。
確かに、互いの主張が噛み合う妥協点ではあるだろうが、これは二の足を踏んだ。
奴隷が主人と同衾などおこがましい、とかそういう葛藤はなかった。というか、そんなことを口に出したらそれこそご主人に叱られるだろうし、そもそもサキュバスが主人と同衾しないというのもおかしい。
単純に、私の羞恥心が熱で鈍っていなかったというだけの話だ。
冷静に考えれば今更な話ではある。
あまりにも今更ではあるのだが、今私が浮かされているのは只の熱であり、情熱とか劣情では断じてない。故に理性が働いたのだが……。
流石にわざわざベッドから出たご主人に抱きかかえられて布団の中にまで拉致されてはその理性も木端微塵だった。
羞恥心など、主と共に眠る喜びの前では無いのと同じだ。結局私は主の首筋に顔を埋め、紅潮を悟られないようにするのが精一杯だった。
「ラヴィニア、誘っといてなんだけど、狭くない? 姿勢とか大丈夫?」
「……何も、問題はない」
「そう? 遠慮しちゃダメだよ? 君ってワガママ言うの苦手みたいだけど、こういう時の主張はワガママでもなんでもないからね」
これ以上何を望めと言うのか。
手の甲を頬に当てて優しく熱を奪われ、同時に、悪寒の走る背中や痺れと痛みに疼く脚を優しく撫でられる。どんな妙薬よりも心強い存在をすぐそばに感じて休めるのだ(気が休まるかはこの際問題ではない)。
「……酷い贅沢を覚えてしまった」
「ん? 何か言った?」
「何でもない」
言いつつ、私は微かな抵抗を行っていた理性を停止させた。主の寝間着をギュッと掴み、長い脚に自分の脚を絡ませる。
どうとでもなれ。そもそもここまで私を誘惑したご主人が悪いのだ。多少の無礼は大目に見てもらってもいいだろう。
「? ラヴィニア?」
「……その気にさせたのはあなただからな。責任は取ってもらうぞ?」
私の突然の攻勢にご主人は一瞬きょとんとした様子を見せたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべると、力強く私を抱き直した。
ああ、もう知ったことではない。暑苦しい思いもしてもらおう、汗臭いと思われても構うものか。図々しい? 主の強引さには負ける。今夜の私は欲求に忠実だ。只でさえ頭は回っていないし、理性は経った今放棄した。そうさせたあなたの責任だ。
また熱は上がってきていたが、それにも構わず主にしがみ付く。
「今しばらく、世話になる……」
「はいはい。遠慮なくどーぞ」
まだ多少苦しくはあるが、問題はないだろう。
こうして主に抱かれていればきっと、明日には回復しているはずだ。
「ん……抱き薬……?」
「え……何それ、寝言?」




