病ingラヴィニア1―気が緩むとすぐに来る―:本編直後 看病イベント
目が覚め、同時に困惑する。
まるではっきりしない頭を振り、思考を形にしようとするが、上手くいかない。
起きなければ。いつまでも呑気に寝ていては、与太者に絡まれて面倒事になる。
だが、起きようともがいてももがいても、身体は言う事を聞かない。全身が鉛のように重く、熱に冒されたように熱い。
「ん……?」
そこで、ようやく間違いに気づく。
熱に冒されたように、ではなく、事実として熱に冒されているのだ。汗に濡れる嫌な感覚と掠れた声。身体の節々、喉、頭にも鈍い痛みが走り、熱さと同時に悪寒を感じる。
何という事だ。
軽い絶望感と焦りに急かされ、どうにか重い瞼を押し上げる。どこか安静にしていられる場所を探さなくては。快適ではなくてもいい。だが、せめて人買いや野犬に襲われないような所を。
そう考えて目を凝らし、私は数秒の間困惑した。だが、すぐに自分が置かれている状況を思い出す。
頭上に広がる白い天井が、寝起きな上に熱に浮かされている意識をある程度落ち着かせてくれた。
「……」
声にならない声で深いため息を吐く。
ああ、安堵のため息というのはこんなにも心地がいい物か。少し贅沢な感慨に浸る。同時に、身体の感覚が少しずつ目覚めてきた。身体を苛む熱、肌を汚す汗の感覚に加えて、柔らかく暖かな布団の手触りと窓越しに微かに響いてくる喧噪。そして軽やかに近づいてくる足音。
「ラヴィニア、起きてる?」
ドアのノックに続き、遠慮がちな声がした。
「ああ、起きている……」
だが、私の声は驚くほど弱弱しく、掠れていた。自分自身でも聞き取れないような声は多少離れたドアの向こうにまでは届かなかったらしく、応答はなかった。
「……入るよぉ?」
代わりに声量を落とした断りの声と共にドアが開き、細身の少年が踏み込んでくる。
ふわふわとした柔らかそうな茶髪と、見るからに温厚そうな顔立ち。少し心配そうな表情を浮かべて私が横になっているベッドを覗き込み、やはり心配そうに「大丈夫?」と尋ねてくる。
何も不安に思うことはない。
ここはかつて諦観と悲嘆を抱えて彷徨い歩いた残酷な地ではない。
頼もしくも優しい主が迎え入れてくれた、暖かな家の中だ。
「んー、まだちょっと高いねぇ……」
私の額に掌を当て、ご主人は唸る。
前は温かく感じた柔らかな掌は、今日に限ってはひんやりと冷たい。その感触はとても心地が良かったが、それだけ私が高い熱に憑りつかれていることを示していた。
「ま、とにかくゆっくりした方がいいよ。幸い仕事の方は暇だから、看病は任せて」
「すまない。仕えて早々、主に世話を焼かせるとは……」
本来主人に尽くすべき自分が横になり、主が甲斐甲斐しくその世話をするというのは立場が逆だ。昨日今日仕えたばかりで役立てるとは思っていなかったが、早速足を引っ張ることになってしまった情けなさに思わず愚痴めいた謝罪を零してしまう。
「真面目だねえ。ま、今後はその真面目さに頼ったり甘えたりさせてもらう気でいるけど、今日はそれに備えてしっかり休んでよね? 食欲はある?」
「いや、あまり……」
「そっか。んじゃ何か食べやすい物、用意するよ。体調が悪い時こそ、飲み食いはしっかりしないとだから」
「……本当に、すまない」
恥ずかしさと情けなさでそのまま消えてしまいたくなる。
無礼も水に流してもらい、命を救ってもらい、心も癒してもらった。どれだけ尽くしたとしても返しきれる恩ではないが、そこにさらに手を焼かせることになってしまうなど。
「ラヴィニア、ちょっと自惚れが過ぎないかな?」
「え……」
唐突に、予想外の言葉が掛けられた。
「君はさ、つい数日前までこことは全く違う世界で生きてきたんでしょ? それも誰の助けもなく、独りでずっと。その上、悪い奴らに追い回されて、殺されかけてさ。そんなハードな生活してて、やっと一息つけた所じゃない。言い方は悪いけど、見知らぬ土地に命からがら逃げてきたばかりで、いきなり僕に尽くせると思う?」
「そ、それは……」
「誰かの為に何かをするには、まず自分が自分の力でまっすぐに立つ必要があるんだ。でも、それってすごく難しいんだよ? 僕には簡単には出来ないと思うけど、君なら出来る?」
「……」
ご主人にしては厳しい言葉だった。だが、その表情はむしろ普段よりも一層優しく、慈悲深いものに思える。
「僕に尽くそうと思ってくれるのは本当に嬉しいけど、そんなに慌てる必要もないんじゃないかな? 今までずっとしんどい思いしてきたんならさ、余暇だと思ってしばらく気楽に過ごしたっていいじゃないか。あんまり思いつめた顔されると、僕もしんどいし。ぶっちゃけると、もっと甘えて欲しいんだけどどうだろうかね?」
枕元に膝を突いたご主人は、優しく私の頬を摘まむとフニャフニャと捏ね回す。先程までの聖人めいた笑みは姿を消し、少し意地の悪い笑みが私を見下ろしている。
「むぅ……」
「おやおやぁ? 反論する元気もないのかなぁ? だったら悩むより能天気にここで朝ごはんが出来るのを待った方が得策じゃないのかなあ?」
確かに反論する体力的な余裕はないし、そもそも反論できる余地がない。ご主人の言葉はどれも正論で、揚げ足取りさえできそうにはないものだ。
とはいえ、はいそうですかと納得できる程、私は大人でもない。齢はそれなりに重ねているが、この少年のように素直で余裕を持った性格では決してない。
「……わかった」
熱に喘いでいたこともあるが、返事をしてから自分の不機嫌そうな声に驚く。拗ねた様な重い返事を返してしまったことに内心で悔やむが、ご主人は気にした様子もなく笑いながら立ち上がった。
「ん、よろしい。それじゃあ適当な物、作って来るからちょっと待っててね」
「ご主人……」
立ち上がり、部屋を出ようとする背中に声を掛ける。
「ん~?」
「すまn……いや、ありがとう」
謝罪ではなく礼を言うと、ご主人の顔に眩しい程の笑みが浮かんだ。
「どーいたしまして。しっかり休んどいてよね」
「っ……うぅ……」
「三十八度九分かぁ。昨日よりは多少低いけど、また上がって来たね……」
ラヴィニアはベッドの上で苦しげに深い呼吸を繰り返している。
病院で処方された薬のおかげか、昨日よりは幾分楽そうではあるが、それでもあまり会話できる余裕があるようにも見えない。
診断は風邪、ということだったが、どうもそこそこに性質が悪いのに罹ってしまったらしい。四十度を超える高熱ではないにしろ、これだけ体温が上がっていると相当にしんどいはずだ。
「もうすぐお昼だけど、何か食べられそう?」
「ん……どう、だろうな。少し、厳しいかもしれない……」
朝食の軽いおかゆはどうにか完食してくれたが、流石にこの状態では食欲もないだろう。とはいえ、何か口にして栄養を摂ってもらいたいのも事実だ。休養と栄養、それに水分をしっかり取らないと風邪というのはなかなか治らない。最悪栄養ドリンク等で補うという手もあるが、あれはあくまでも補助の為の物だ。
「ぅ……熱……」
ラヴィニアが身じろぎしつつ少し布団を浮かせる。
「熱もだいぶ高いからね。濡れタオル持ってきたからちょっと汗拭く? ついでに何か冷たい飲み物でも……」
そこまで言って、はっと思いつく。
そうだ。食欲がなくてもある程度食べられて、それなりに栄養価の高い……というよりも高カロリーな物があったはずだ。
「うん、いい物があった」
「?」
「いや、今の君でも食べられるかもしれない物があったんだ。汗拭いたら持って来るよ」
汗だく、というわけではないにしろ、ラヴィニアの顔はじっとりと濡れている。あまり気持ちのいい状態ではないだろうし、そのままにしておいては冷えるだろう。
「それじゃ、ちょっと失礼」
「ああ……」
熱のせいか少し朦朧としているラヴィニアの頬を濡れタオルですっと拭く。
心地がいいのか、それとも不快なのか、ラヴィニアは目を閉じて小さく喉を鳴らした。額に張ってある冷却用のジェルシートに触れると、やはり随分と温もっている。
「少し冷たいけど、ごめんね」
「っ……」
やはり汗ばんだ首筋にタオルを滑らせると、ラヴィニアが微かに身動ぎする。敏感な部位に冷たい物を当てているのだから無理もない。出来ればシャワーを浴びるなり何なりして温かいままで汗を流しきった方がいいのだろうが、今のラヴィニアでは浴室でひっくり返りかねない。起き上がるのも辛そうな現状では、多少冷たい思いも我慢してもらうしかない。
「一応はこれでよしっと。どこか濡れちゃった所とかない?」
「大丈夫だ。助かる……」
たまにあることだが、絞り方が甘いと水が垂れて衣服を濡らしたりする。これがまた意外に冷える。体感的にもかなり不快なので、ここは少しばかり注意しておかないといけない。
「それじゃ、ちょっとお昼の用意してくるから待ってて。何かあったらすぐに連絡してね」
目を閉じたまま小さく頷くラヴィニアの枕元に電話の子機を置き、そのまま部屋を後にする。
さて、病人をあまり放っておくわけにもいかない。早々に用意を済ませてしまわなくては。
今週はリアルが恐ろしく忙しくなりそうなので、そうなる前に前編だけ投稿しときます。
時間がつくれたら今週中に後編を、無理なら来週くらいでしょうか……。本編も続き書かにゃいかんというのに困ったもんです。




