二人の小旅行2―夜というのがミソであり……―:深夜ドライブ サービスエリア オチなし
「ほお……」
助手席から見下ろす光景に、ラヴィニアは感嘆の声を漏らした。
暗い山中を突っ切った高速道路は、ちょうど市街地を見下ろせる位置に差し掛かったところだ。
「どう? 普段は街の中に居るから、俯瞰で見るのはちょっと新鮮じゃない?」
「ああ。いつも私たちは、あんな光の中で過ごしているのか」
走り出してから一時間半。
寂しい山道を走り続けていた僕たちにとって、その街明かりはとても眩しく、暖かい物に感じる。こうして唐突に人の気配を感じることが出来るから、僕は夜の高速ドライブをたまに敢行していた。最近は少し忙しく、満足に機会もなかったので、必然的にラヴィニアは今日がその初体験となるわけだ。
「何だかホッとするな。陸地を見つけた渡り鳥はとはこんな気持ちだろうか」
「上手いこと言うね。確かにそんな感じじゃないかな? 何せ夜の高速道は人がいないからねぇ」
運転するには非常に助かるのだが、あまりに誰もいないとこちらも寂しくなってくる。
暗い高速道路は、走る分にはいいのだが、たまに孤独感に潰されそうになることもある。精神的に余裕がある時は、その孤独感もむしろ心地いいのだけども。
「……成程、あなたが何度か夜の走りを語っていた理由がよくわかった。これは少し、癖になりそうだな」
「でしょ? 何ていうか、一種の懐深さみたいなものを感じるんだよ。疲れたドライバーを受け入れてくれそうな感じはするけど、かといって強引に誘うでもない」
「来る者拒まず、去る者追わず、みたいなものか。確かに、ふらりと立ち寄りたくなる気もするな」
運転中なのでラヴィニア程には注視できないものの、横眼にもその明かりはとてもありがたい。実際、街に降りればコンビニでもホテルでもあるわけで、買い物なり休むなり出来るし、視覚に直接訴えてくる文明的な温かさはそれだけでも疲れを多少癒してくれる。
ハンドルを握る手にも力が戻ってくる。やはり疲労そのものは抜けていないので、ここまでの運転も結構堪えてはいた。が、これでしばらくは持ち直せる。次のサービスエリアまでなら十二分に走れるだろう。
「……」
少し名残惜しげにしているラヴィニアを一瞥しつつ、僕はアクセルを踏み続ける。
ほんの数分だけ、僕たちを照らしてくれた街の光は、やがて背後へと流れ、山稜の陰へと消えていった。
「さてと……少し疲れてきたし、次のサービスエリアで一休みしようか」
「そうだな。ちょうどもうすぐの様だ」
次のサービスエリアまであと二キロと表示された標識が後方へと通過していく。どうやら、また眠気で運転が危うくなる前に休憩できそうだ。
「あー、やっぱりいいなあ」
車を降りた僕は固くなった体をほぐしつつサービスエリアの明かりをぼんやりと眺める。
「んむ? 懐深さの話か?」
ぐぐっと伸びをしつつ、ラヴィニアが問い掛けてくる。
「そうそう、街の明かりとはまた違うけどね。こっちの場合は何というか、ワクワクを伴う癒しかな」
「というと?」
「ラヴィニアは、店内まで入ったことはなかったよね?」
「そうだな。サービスエリアで車から降りること自体が初めてかもしれない」
そう言えばそうだったか。
となれば、これは中途半端は出来ない。せっかくの機会だ。ラヴィニアにサービスエリアの楽しみを存分に知ってもらおうじゃないか。ついでに言えば、僕も久々のサービスエリアでテンションが上がっているのだし。
幸い、このサービスエリアは結構規模が大きい。トイレや自販機はもちろんのこと、コンビニ、土産物屋、レストランと色々な設備が揃っている。疲れを少しでも取るためにも、ここはしっかりと堪能していきたいところだ。
「では、いざ行かん!」
「楽しそうだな」
まずは正面から店内に突入する。当たり前のように自動ドアだ。流石、大きい施設だけある。
「さあて、どこから行こうかなぁ?」
「ふむ……」
僕は店内のコーナー配置や陳列されている商品などを探って、どういう順序で周ろうかと計画を立てる。ラヴィニアは僕の傍らで興味深げにきょろきょろしている。
「こんな時間でも、意外に利用者がいるものだな」
「まあね。特に運送業なんかを営んでる人は、夜でも走らなきゃいけないし。そうじゃなくても、高速道路って結構非日常の象徴だからねぇ。夜移動する人はそこそこいるんだろうね」
「やはり休憩するには必須の場所、というわけか」
「高速の運転って、神経使うから。仮眠取らないとそのまま事故起こしかねない場合もあるし、トイレ行きたくなった時とかも欠かせないし、何より……」
「何より?」
「楽しい! これに尽きる!」
早速、僕は土産物コーナーにホイホイと足を踏み入れる。
「特産品売り場か」
「そんなとこ。色々と面白い物もあるし、たまに美味しいものがあったりするんだよ」
「ほう……む?」
ふと、ラヴィニアが声を上げて立ち止まった。
「どしたの?」
「いや、随分と奇妙なものを売っているようなのでな……」
「ん?」
ラヴィニアが覗き込んでいる陳列棚に目をやると、小さなキーホルダーが並んでいた。
「イカ……という奴だろうか?」
「クラゲにも見える……何だかすごい数だけど」
そのキーホルダーは、それぞれに微妙に形が違う半透明の生物の人形だった。一つ一つがヒレや足の波打ち方などが異なっており、手作りのようにも思える一方、規格化されているように精密な造りでもある。
「どれ……ふむ、どうやらこの土地に昔から伝わる伝承のようだな。この一個一個が伝説上の生物の部品らしい」
「群体生物の伝承があるって、何だかそれも凄いね。うわ、これ合体用の凹凸があるよ」
「百体集めて伝説の生き物を作ろう……とあるが」
「ゆるキャラは無理だろうね。でも魔除けぐらいにはなるかもしれない……」
「え、買うのか?」
「……やめとこう。立ち寄る先立ち寄る先でいちいち買ってたら家が埋まっちゃうし」
「それが懸命だと思うぞ?」
一度手には取ったものの、持ち帰ったところで置物以上の存在にはならないだろうと考えて陳列棚に戻す。
面白くはあるが、ここは話のタネだけ貰って帰ることにしよう。あいにく、キーホルダーのインパクトが凄すぎて他のお土産が霞んで見えてしまうし、前提として百体も集めるのはさすがにしんどい。
「色々と置いてはあるな。購買意欲は……まあ、時と場合とモノによるか」
「うん。何か面白そうなモノ、他にあった?」
「古見掛のスーパーとはだいぶ趣の違う品が置いてあるが……正直、見ただけでは何だかわからんな」
当然と言えば当然か。
ラヴィニアはこの世界の出身者ではないわけだし、それも日本のご当地お土産ともなれば中々イメージが掴みにくいだろう。彼女は西洋的な文化圏にいたみたいだし、漬物とかそういった類の物は一見してどうこう言えないのも当たり前だ。
「……ご飯にしようか。レストランあるし」
「……そうだな」
「おかしい。味としては特別に良いというわけでもないはずなんだが……」
醤油ラーメンをあらかた食べ終わったラヴィニアが、真剣な表情で呟いた。
「ね? 何でかおいしいでしょ」
スープを最後の一滴まで飲み干した僕は「うんうん」と頷く。
「不思議なものだな。今まで食べてきた物と比べても、中の下ぐらいの味だと思うんだが、随分と食が進むな」
餃子を箸で摘み上げつつ、眉根を寄せて悩む様がもう可愛いったらない。これだけでもここに立ち寄った甲斐があるというものだ。
「ま、雰囲気っていうのもあるんだろうね。こういう、普段来ない所で食べるって新鮮だし」
「そういうものか。食事に雰囲気が大事というのは非常に分かりやすいが、サービスエリアというのはそれほど特別な場所なのか?」
「多分、街中のレストランよりは特殊な場所だろうね。高速道路っていう隔絶した道からしか入れない場所だし、利用する人もそれなりに日常から離れてる場合が多いと思うし」
「どういうことだ?」
「高速道路を使うっていうのは結構特殊なシチュエーションだからね。もちろん、長距離通勤とか、運送業に関わってる人なら普通のことかもしれないけど。大体は旅行とか帰省とか、あるいは何か特別な用事があるっていうことが多いから。だから、利用者も結構な割合で非日常的な感覚を味わってるんじゃないかな」
「成程。店内の空気がどことなく張りつめているのはそういうことか」
「ちょうどいい緊迫感、みたいな感じかな。触れれば切れるって程ピリピリしてはいないんだけど、なんだか静謐で、厳かな感じがするんだよね」
「非日常か。古見掛で過ごしていると、つい忘れそうになる感覚だな」
「全くだ。……さて、そろそろ行こうか」
「わかった。しかし、車で少し眠った方が良くないか? 少し目の下に隈が出来ているように見えるが」
「え、嘘。それは寝とかないとマズイかもね」
二人して食器を返却口に戻し、厨房に「ごちそうさま」と声を掛けて駐車場に出る。ひんやりとした夜風が、暖房とラーメンで熱くなった体に心地いい。清潔な白い照明に照らされつつ、車に戻る。
「はー、ちょっと気が抜けたなぁ」
「うむ。一眠りしよう」
「そうしよう」
「ところでご主人?」
「何?」
「……オチは?」
「……」
「……オチは?」
「……おやすみ」
「ん、おやすみだ」
オチをぶん投げたことに関しては……ゴメンナサイ、近い内に看病イベントを投稿するので許してください。




