二人の小旅行1―時間外手当他諸々で実は美味しい―:日常 ドライブ
「寝過ぎたね」
「寝過ぎたな」
コンビニエンスストアの駐車場、軽自動車の運転席と助手席で呟く。
時刻は午後八時前。仮眠の為にここに入ったのは午後四時過ぎ。実に四時間弱も駐車場の一枠を占領していたことになる。
「まあ、仕方ないだろう。あのまま無理に運転を続けて事故など起こしてはそれこそ取り返しがつかない」
「だねえ。でも一応はお礼とお詫びを兼ねて何か買って行こうか。流石にタダで駐車場だけ使っていくのは気が引けるよ」
助手席に座ったラヴィニアの顔色は、仮眠前と比べるとだいぶ良くなっている。バックミラーを覗き込んでみると、僕の顔色もずいぶんとマシなものになっていた。
今回の引き受けた仕事は、いつもと多少様子が違っていた。詳細は省くけれども、要するにいつもの比ではない人数を、いつもの比ではない数の敵から護衛しつつ、別の世界へ避難させるという難事を、よりにもよって古見掛市外で行うことになったのだ。
わかりやすく言うと、一個の破滅に瀕した世界の住人丸ごとを別の世界へと送り届けたのだ。それも古見掛程は大きくないとはいえ、市街地の片隅でコソコソと。掛かった時間はまる五日。
今回は、僕たちは戦闘に参加したわけではない。しかし、次々にこの世界にやって来る人たちを次々に別の世界へ送るというのは非常に大変だった。
世界滅亡の危機に遭遇し、さらに異世界に追いやられることになった人々の混乱や不安、疲労は凄まじいものがあったろう。そんな状況で病人が発作を起こしたり、子供が家族とはぐれたり、あるいは諍いが起こったりするのは何らおかしなことではない。
僕たちは騒ぎが起きないように、かつスムーズに人々を誘導し、様々なトラブルにも対処しなくてはならなかった。
何しろこんな事が公になれば騒ぎどころの話ではない。古見掛市内ならば住民は気にも留めないし、情報の操作、隠蔽は簡単だ。しかし、世界と世界の境界に障子紙みたいに穴の開く古見掛市内では、これほど大規模な避難活動は難しい。二十億を超える人間を移動させるだけの巨大な次元の穴を、長期間開けておくのはリスクが大きすぎる。古見掛は平和な町ではあるが、事件のデパートでもある。万一、次元境界面を不安定にさせるような事態が避難中に起きれば大惨事になりかねない。
結局、僕たちは車で半日ほど掛かる距離の街にあったツテを頼りに、人の近寄りにくい場所をいくつか確保して避難活動に当たった。
単純に移送だけ見てもとんでもない難事業だが、悪意ある人間がこの世界に紛れ込まないように監視じみたことも行い、さらに差し迫った懸念として、新種の伝染病や汚染物質などが持ち込まれないよう検疫、防疫も気を使うことになった。当然、外部に悟られないように隠ぺい工作も並行して。
一体この五日間で何人の迷子を保護し、何人の暴漢を取り押さえ、何人の病人を搬送しただろうか。
人手はいくらでも欲しかったが、スペースが限られている以上、投入できる人数にも限りがある。結局、十八時間二交代で駆けずり回ってどうにか五日で避難は完了した。もちろん、避難した先ではこっち以上の修羅場が待っているだろうが、ひとまず僕たちにできることは全てやった。
残ったのは大仕事をやり遂げた達成感と、流石に疲労困憊しきった古見掛市の人々だけだった。特に、直接戦闘に参加した人たちの消耗具合は相当なものだった。
欲しい人数には到底足りないとはいえ、それでも二十億以上の人間の護衛、移送をやってのけた人数が一斉にバタンキュー。古見掛から応援と迎えが来ていなかったら、ちょっとした騒ぎくらいにはなっていたかもしれない。
疲労しきった面々は、もはや帰途に着く余力もなく、どうにか近隣のホテルや民宿に転がり込んでそのままダウン。多少余力がある者も迎えのバスの席に着くなり爆睡。もう少し体力に余裕がある人も、流石に後始末までは参加できずに一休みして帰宅していった。
僕たち本条生活相談事務所も、そのまま帰宅するつもりだったのだが、思っていた以上に僕もラヴィニアも疲労しており、車で三十分ほど走ったあたりで限界を迎えてしまった。何とか近くのコンビニに滑り込み、気を失うように眠りについたのだが……。
「一応、毎日睡眠と休息は取ってたんだけどな……。やっぱり何度も急用で起こされたからかな?」
「だろうな。実質的な睡眠時間は規定の三分の二ぐらいのものだろう。それでもシャワーを浴びられたのは幸いだった」
「同感。あれがなかったら立ったまま寝てたかもしれない」
十分ではないが、それなりに休息を取れた僕たちは車を降り、コンビニへと入店する。
「いらっしゃいませー」
長時間駐車に気付いていないのか、気にしていないのか、接客業者として顔に出していないのか。少なくとも店員はいい営業スマイルで出迎えてくれる。
「どうするか……このまま古見掛に戻るなら体力勝負だが」
「どうせしばらく予定もないからねえ。のんびり、ちょくちょく休憩しながら帰ろうよ」
「そうだな。なら、無理に眠気覚ましを買う必要もないか?」
「だね。あ、でも飴とかガムとかあると眠くなりにくいかも」
などと言いながらフラフラと歩く。
仕事を終えた後のコンビニというのはどういうわけか落ち着く。まあ、高い買い物をする所でもないから気軽だし、何かしら買うものがあるという点では心が躍るのかもしれない。
と、
くるるるる……
「む?」
「おや……」
唐突に、腹の虫が泣き叫んだ。
一瞬の沈黙の後、ラヴィニアが「くっ」と口元を歪めた。
「っ……あ、あなたにも腹の虫はいるんだな。は、初めて聞いた……気が、する……くくっ」
「ははは。そりゃあね、この五日まともに食事してないもの」
「くふ……そ、そうだったな。うん、そうだ……私も、ふふ、少し減ってきたところだしな……」
何がそんなにツボに入ったのか、ラヴィニアは体をくの字に折り曲げて必死に笑いを堪えている。
「そ、そんなに面白かった?」
「い、いや……別に、そんなことは……」
ラヴィニアがなおも笑いの衝動と戦っていた時。
くきゅるる……
可愛らしくもどこか小気味よい音が響く。
「……」
「……ぶっ、くく……ふっ」
ラヴィニアの顔から一瞬で苦悶の笑みが掻き消え、代わりに赤い色彩がさっと走る。入れ替わりに僕の口からくぐもった笑いが噴き出すわけだが、ラヴィニアはそれが面白くないらしい。口を真一文字に結び、じっとりとした目で僕を睨んでくる。が、僕もそこそこ笑われているわけで、これについてはおあいこと言うしかない。ラヴィニアもそれがわかっているからか、抗議は一切してこない。目には少しばかり非難の色もあるが。
「ご、ゴメンゴメン。いや、あまりにいいタイミングだったから……」
「別に……気にしてはいない」
「そう? 顔赤いけど。まあ初めて会った日ほどじゃ……」
「~~~っ! ええい、意地が悪いぞ!」
ラヴィニアは恨めしそうに頬を膨らませる。
その様子は実に可愛らしいのだが、疲れているところをあまりいじめてもかわいそうだし、早々に切り上げることにする。
「まあまあ、これでお互い様ってことで。お詫びにアイスでも奢るからさ」
「むぅ、物では釣られないぞ?」
「おや、あれに見えるは○ーゲン○ッツかな?」
「む……」
僕も甘い物は好きだが、ラヴィニアもそれは同様だ。
基本的には、可愛いよりも凛々しい態度でいるラヴィニアだが、甘い物を食べている時は幸せそうな表情を隠せていない。そこで、少しでも気分を良くしてもらおうと提案しただけだ。断じて物で釣ろうなんて考えてはいない。いないったらいない。
「……バニラで」
「オーケー、ついでに飲み物も買って行こう。甘くない奴。ひと眠りしたら喉乾いたよ」
ひょいひょいと買い物かごにアイスやお茶などを放り込み、僕たちはレジに向かう。
「ん? ご主人?」
「どしたの?」
「いや、いつもならもう少し色々と買って行くと思うが……」
ラヴィニアが疑問を呈する。
確かに、僕はコンビニでは結構たくさん買う方だ。普段、あまり利用することは少ないのだが、その分利用した時は色々と買い込んでしまうことが多い。主につまみ……焼き鳥とかその辺りを。
「せっかくこれから長時間ドライブだからね。お腹は空かせときたいんだ」
「?」
「……ま、行けばわかるさ」
そう言えば、ラヴィニアと遠出する時はいつも時間か体力、あるいは両方に余裕がなかった。しかし、今日は多少はのんびりできる筈だ。
僕は疲れの中にも多少の楽しみを見出し、ニヤニヤしながら財布を取り出した。
本編(レッドストライカー編)最新二話が難産だったから息抜きに書いたのにもっと難産になるとは思わなかったのです。
でも上手いことすれば今夜中にも続きを投稿できるかなとも思っております。
と、また続き投稿前にPCがぶっ壊れるフラグ立てを忘れないのでした。




