ドクトルは見た! ―ホームセンターは妄想危険地帯―:第三者視点 微エロ 拘束(未)
「んーとー、どれどれえ?」
ホームセンターの一角、古見掛市中央病院に勤務する医療魔導士ドクトルKこと佳奈美・ワイアールは腹を空かせて待っているライオン二頭のおやつを求め、ペット用品のコーナーを徘徊していた。
はたしてライオン用の餌がホームセンターに売っているのか、そもそもライオン用の餌とは如何なる代物か、というのはこの古見掛ではあまり意味をなさない。それに、佳奈美が世話をしている二頭が本当にライオンだという確証もない。姿かたちは確かにライオンそのものだが、運動能力等が完全に規格外だ。消化吸収能力も桁外れらしく、大概のものは問題なく食らってしまう。こうして佳奈美がおやつを買いに来たのも気紛れに過ぎない。
「さてえ、どれがいいかなぁ」
缶詰もいいがジャーキータイプも捨てがたい。
否、虫歯にならないように犬用のガムでも買っていくべきだろうか。
可愛らしい顔に真剣な表情を浮かべ、「ムムム」と唸りながら陳列された商品を眺めていた時、ふと視界を過った影に気を取られた。
「れ? あれは確か……」
目をやった先には、一組の少年少女が連れ立って歩いていた。
「ややっ、アレに見えるは本条のお兄さんにラヴィニアのお姉さん」
外見上、自分より幾分年上に見える二人。本条正也とラヴィニア・バニ・ルナティクス。
少し前にとあるゴタゴタで病院に運び込まれたのを担当して以来、多少の親交があった。
「ん~、家具でも増やすのかな」
ラヴィニアが正也のもとに身を寄せるようになってまだ時間はそれほど経っていない。
生活していくにあたって日用品や家具が不足し始める頃だ。最初に揃えたものの他に買い足しをしても何ら不自然ではない。
不自然ではないが。
「……しかし、私は心の奥底で鎌首をもたげた怪物、好奇心には勝てないのであった」
別にあの二人が何を買おうが佳奈美の与り知るところではない。
ホームセンターで買い込むものなど、それはもう面白味もへったくれもないに決まっている。
しかし、一つ屋根の下で暮らすうら若き男女の買い物風景というのにはいささか以上に佳奈美の野次馬根性が反応した。
買う物はどうでもいいが、あの二人がどのように買い物風景を展開するのか、というのは非常に興味深い。いかにもお人よしそうな少年と、凛々しいながらもまだこの街、というより現代社会に不慣れらしい少女の組み合わせだ。
「ふふ、面白いものが見れちゃうか、も」
幸い、二人には気付かれていないようだ。
佳奈美は小悪魔的な笑みを浮かべると、一時買い物を中断し、尾行へと移った。
「れ? 何故、何故にそっちの方へ?」
二人をこっそりと追跡する佳奈美は、その行先に少々面食らった。
同居を始めて間もない二人、その買い物と言えば、たとえば衣装ケースだとか、食器だとかの買い足しだろうと踏んでいたのだが。
「なんでまた資材置き場に?」
行き着いた先は、木の匂いが立ち込める一角だった。
大量の木材が立て掛けられ、並べられ、妙な威圧感と同時に落ち着いた空気を纏ったそこに、正也とラヴィニアはスタスタと踏み込んでいく。
「?」
あまり若い男女が立ち入るようなコーナーでもないが、目の前で入ってしまったのだからその事実は認めるしかない。
小首を傾げ、佳奈美はそのあとに続く。
そっと棚の陰から覗き込むと、二人は難しい顔で手頃というには少し大きな木材をまじまじと見つめていた。
(日曜大工が趣味なんて話は聞いてないし、何に使うんだろ……)
見れば正也は挑むような目つきで棚から薄い木板を引っ張り出し、ジロジロと観察している。ラヴィニアも顎に手をやり、じっとその木板を触ったり睨んだりと忙しい。
佳奈美はしばらく怪訝そうな顔でその光景を見つめていた。
五分も経ったろうか。
正也とラヴィニアは顔を見合わせ、同時に小さくうなずいた。
(え? え? 何ナノ?)
ラヴィニアが両手を広げる。
正也がその姿をじっと観察するが、やがて小さく首を横に振る。
ラヴィニア両手をいっぱいに、限界まで広げる。
正也は一瞬躊躇し、やはり首を横に振る。
(わけわかんないや。面白いのは面白いけど)
しばらく二人は腕を組み、天井を仰いだり瞑目したりと忙しそうだったが、やがてラヴィニアが何か一言二言正也に告げた。
正也はもう一度瞑目し、やはり難しい顔で天井を仰いだが、やがて重々しく頷いた。
(普通の買い物、じゃないのは確かだけど。そもそも買い物なのかなこれ)
と、そこで正也が木板を手に取り、両手を広げた(ピンと一直線には伸ばさず、少し余裕を持たせてある)ラヴィニアの胸にあてがった。ちょうど広げた両手に板が重なる形になる。
(採寸?)
広げた手でサイズを測っているのだろうか。しかし、いったい何のサイズを?
佳奈美がまた小首を傾げたその時、事態が動いた。
先ほどまでラヴィニアの体の前面に添えられていた木板が、今度は背中側に回された。
ラヴィニアはあてがわれた木板に腕を預けるように手を広げている。
(?……っ!!?)
そこで、佳奈美は恐ろしい推論に達した。
自分はこういう光景を、何度か目にしたことがある。
(あれって、もしかしてもしかしなくてももしかすると……)
こっそりとラヴィニアの表情を窺うと、遠目にもどこか艶っぽくなっているのがわかった。
(これはあれだよね……。フィクションじゃお馴染みの、敵勢力に捕まって十字架の横木みたいなのに縛られて連行されるあれだよね……)
愕然としながらも佳奈美は二人から目を逸らさない。否、逸らせない。ドン引きのあまり全身が硬直し、身動きが出来なかった。
あろうことか、あの二人はどうやら拘束具としての木材を物色し、試着の真似事をしているのだ。
何と大胆な行動だろう。
彼らのサディスティックかつマゾヒスティックな趣味については多少知ってはいたが、よもやホームセンターにまで出向いてその小道具を用意しようというのか。その品定めを、実演に近い形で店内で行う度胸はもはや羨ましいといってもいい。
もちろん、そっちの発想がない客や店員からすればそれこそ何かの採寸にしか見えないだろうが、それにしても……。
(うああ。何かすごいものを見ちゃってるなぁ……)
優しげな美少年が真剣な眼差しで、凛々しくも愛らしい少女を(イメージで)縛めていく様というのは傍から見ていて非常に卑猥だ。少女は少女で満更でもないどころかむしろ歓迎しているような節がある。どこか気恥ずかしそうではあるのだが、やはり真剣に着け心地というか、磔られ心地を試しているらしい。会話の内容は聞き取れないが、あーでもないこーでもないと二人で盛り上がっている。
しばらくの間、二人は大真面目にイメージを展開していたようだが、どうやら木板はお眼鏡に適ったらしい。
正也の小脇に抱えられ、未来の拘束具は別のコーナーへと連れ去られていった。ちらりと周辺の棚を見やると、作業用のロープやら何やらがいくつも置かれている。
「さ、流石にこれ以上付いていくのはまずいよね、うん」
しばし二人が消えていった方を呆然と眺めていた佳奈美だが、やがて我に返ってため息を吐いた。
見ているこっちが恥ずかしいし、万が一にも見つかった時の気まずさを考えると追跡を続ける気にはなれない。
「いやー、まさかお二人の仲がここまで良好だとは。嬉しいやら羨まけしからんやら……」
感心半分呆れ半分といった様子で呟き、佳奈美は踵を返す。
触らぬ神に祟りなし、好奇心は猫をも殺すと昔から言う。ばったりと偶然出会ったならともかく、尾行していたとバレるのはあまりよろしくない。ここは早急に立ち去った方がいいだろう。正直に言えば、今の佳奈美は若干取り乱し気味だ。変に突っ込まれてぼろを出したくない。
「はー、おやつどこで買おうかなぁ」
出入り口から外に出た佳奈美は、青い空を見上げて呟く。
「でも負けない。今回で心の準備は出来たから、次は偶然を装ってバッタリ出会って根掘り葉掘り聞きだしちゃうもんね。ヒッヒッヒィ、お二人とも覚悟しておいて下さいねえ……」
「行ったか?」
「行った」
「参ったな。よりにもよって彼女に見つかるとは」
「まー、大きな街だけど出会う時は出会うさ」
「しかし危ないところだった。結構な量の木材が必要だったからな、万一感づかれたりした時はさすがに言い訳が難しい」
「同感。とっさに拘束具の下見というプランを思いついた君の閃きに乾杯」
「そう言われると何だか複雑な気分だ」
「いやいや、いいアイデアだったよ。まあ、大量の木材を買って帰っていたらそれこそ日曜大工か何かと思われてた可能性もあるけど」
「え。それならさっきの欺瞞は無意味ということに……」
「いやいや、彼女がそれで勝手に日曜大工だって思ってくれればそうだけど。たぶん期待できないよ。絶対に「なんに使うんですか、そんなに沢山」とか聞かれたと思うよ?」
「むぅ、馬鹿正直に答えたらそれこそシャレにならない事態だ」
「僕らって、嘘が下手なうえに、あの人やたらと鋭いからねぇ」
「返ってくれた今が好機だ。必要な木材を早いうちに揃えてしまおう」
「そうしよう」
本当は何に使うのか。
・木製である。
・そこそこデカい。
・えちぃ。
さあ、みんなで考えよう。




