日常、調整中①
昼下がりの酒場は、今日も賑わっていた。
焼いた肉の匂い。
煮込みの湯気。
昼間から酒を飲んでいるおっさん達の笑い声。
「二番テーブルお待たせしましたー!」
聞き慣れない女の声が飛ぶ。
そんな中、扉が開く。
「……ただいま」
レオがふらふらと入ってくる。
服はどろどろ。
髪には草までついていた。
店内の視線が、一斉に向く。
「おっ、生き返ってきたか」
大工の親方が笑う。
「今日は長かったな」
「オレンジ出たんか?」
カイトが面白そうに身を乗り出す。
「普通の方は倒せたんか?」
「なんでオレンジ知ってんねん!!」
レオが叫ぶ。
どっと笑いが起きた。
カウンターの向こうでは、アスタリアが出来立ての料理を店員に渡していた。
「今日は跳ね返りで死んだわね」
「だからなんで知ってんねん!!」
「なんとなく?」
「絶対違うやろ!!」
カイトが苦笑する。
「お前ら、ほんま仲ええよな」
「どこがや!!」
レオはそのまま空いていた席にどさりと座り込んだ。
「腹減った……」
「はい、今日のランチ」
アスタリアが皿を置く。
香草の匂いがふわりと広がった。
「……うまそう」
「今日は魚の香草焼きよ」
「なんで酒場でこんな洒落たもん出てくんねん」
「昼飯も人気あるんだぞ、ここ」
カイトが答える。
「酒場やろここ!?」
レオは叫びながらも、空腹には勝てなかった。
一口食べる。
「……うっま」
「それはそうよ」
「腹立つ言い方やなぁ……」
レオは水を飲み、一息つく。
その様子を見ながら、常連達がにやにやしていた。
「で? 今日はあと何体やる予定や?」
「全部や!!」
「おぉ〜」
「ついにスライム卒業か?」
「簡単に言ってくれるなよ」
「次はゴブリンデビューやな」
「嫌すぎるわ!!」
昼間の酒場に、どっと笑い声が広がる。
奥では鍋の煮える音。
料理を運ぶ店員が、慌ただしく客の間を行き来していた。
「でも死ぬ気でやればいけるわよ」
アスタリアはさも当たり前かのように言ってのける。
「いやずっと死んでんねや!」
店内がさらに笑いに包まれた。
「でも最近、青いスライムは囲まれても倒せるだろ?」
カイトがフォローしてくれる。
「……まあ、せやけど」
レオは少しだけ胸を張る。
「攻撃のタイミングも分かってきたしな!!」
「へぇ」
アスタリアが皿を拭きながら答える。
「レオ、いまさらそこかいな?」
大工の親方が言う。
「今さら言うな!! こっちは命かかっとんねん!!」
「でも死んでも帰ってこれるじゃねえか」
「痛いねん!!」
「まっそら、そうか!!」
昼間から酒を飲んでいたおっさん達が、ゲラゲラ笑う。
「今日の仕事も無事に終わったからええんや!!」
ジョッキをぐいっと差し出される。
「ほれ、お前もどうだ?」
「この飲んだくれどもめ……こっちはまだ命がけの仕事中や!!」
酒場のあちこちから笑い声が飛ぶ。
カイトがジョッキを揺らしながら言った。
「でもまあ、前よりはちゃんと勇者っぽくなってきたんちゃうか?」
「いつもそういってくれるのはお前だけだよ、カイト」
レオが少しだけ涙目になる。
「しかもな!!」
「調子乗るとまた死ぬわよ」
アスタリアが即座に切る。
「なんでいっつもお前は!」
「実際、死んでるじゃない」
「ぐっ……!」
言い返せず、レオが詰まる。
酒場のあちこちから、吹き出す声が漏れた。
レオは不満そうに水を飲み干す。
「てかあのオレンジ、ほんま意味わからん……」
「そんな強いんか?」
「強いっちゅうか、変やねん」
レオは身振り手振りで説明し始める。
「曲がってくんねん!」
「ほぉ〜」
「しかも、避けたと思ったら、とんでもない速度で跳ね返ってもう一回来る!!」
「うわ、なにそれ……性格悪」
「やっぱりそう思う??」
レオが真顔で頷く。
「俺もその説は提唱していきたい」
「提唱すな」
「アスタリアはどう思う?」
アスタリアが皿を拭きながら首を傾げる。
「さあ?」
酒場の空気が少し緩む。
レオは不満そうに腕を組んだ。
「でも絶対、なんかなんかあると思うねん……」
「法則的な?」
カイトが身を乗り出す。
「そう! そんな感じや!」
「へぇ〜」
「レオより賢いかもな!!」
「そんなわけないやろ!!」
酒の入った笑い声が、店のあちこちから飛ぶ。
アスタリアはそんな様子を見ながら、淡々と皿を拭いていた。
そこへ、別の常連が笑いながら言った。
「じゃあ次は、何秒生き残れるか賭けようぜ」
「やめろ!!」
「俺、一分」
「いや今もっと長いやろ!」
「じゃあ二分」
「オレンジ初撃で終わる方に銀貨一枚」
「ほんま最低やなお前ら!! なあ? アスタリア」
アスタリアがさらっと言う。
「私は跳ね返りで死ぬ方」
「やっぱりお前もそっち側か!!」
「なんとなく?」
「カイト助けてぇ……」
「すまん、レオ。俺にはどうすることもできそうにない」
再び笑い声が広がる。
窓の外は、いつの間にか赤く染まり始めている。
「……まあでも」
立ち上がる。
「お前らと喋ってたらいける気してきたわ」
「おっ、行くんか?」
「おう」
剣を肩に担ぐ。
「次は絶対、あのオレンジ見切ったる」
「気ぃつけて死んでこいよー」
「せめて死なんように祈っといてくれよ!!」
アスタリアが、いつもの調子で言う。
「いってらっしゃい」
「お前は来ぇへんの?」
「見てわからない?」
アスタリアが忙しそうに皿を並べる。
「仕事あるよね!! ごめんね!!」
レオは叫びながら酒場を出ていった。
――夜。
町外れ。
草むらが揺れる。
オレンジ色のスライム。
レオは剣を構えた。
「……来い」
オレンジが回転する。
「右や!!」
レオは横へ飛ぶ。
オレンジが、さっきまでいた場所を曲がりながら通り抜けた。
「よっしゃ!! 見え――」
次の瞬間。
地面にぶつかったオレンジが、跳ね返る。
「は?」
どごっ!!
「がっ!?」
視界が吹き飛ぶ。
――王城。
冷たい床に、レオが転がり落ちる。
「っつぅ……」
だが。
王様がいない。
「……あれ?」
奥の方から、バタバタと慌ただしい音が聞こえる。
「待て、今行く!!」
「え?」
しばらくして、王様が現れた。
髪が濡れている。
妙に薄着だった。
「おぉ勇者よ。死んでしまうとは情けない」
「いや王様の方が情けない姿してるで?」
「当たり前だ!!」
王様がキレる。
「夜に死ぬな!!」
「なんでや!?」
「余にも生活があるのだ!!」
「それは気が付かんくてすまん。」
「そもそも、最近のおぬしは死にすぎなのだ!!」
「最近も何も最近、勇者として仕事はじめたからね!!」
王様はびしっと指をさした。
「昼間に死ね!!」
「無茶言うな!!」
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