回転、調整後
ーー城下町。
昼過ぎ。
石畳の道を、レオはぶつぶつ言いながら歩いていた。
「横は抜ける……」
「でも近いと跳ねる……?」
「いや違うか……」
パン屋の前を通る。
「お、勇者だ」
「今日も死んできたのか?」
「うるさいわ……」
レオは半分上の空で返す。
「距離……いやタイミングか?」
「でも後ろ来るしなぁ……」
八百屋のおっちゃんが笑う。
「最近よう頑張っとるやないか」
「いや頑張ってんのは前からや……」
ぶつぶつ。
「横回転……縦回転……」
「縮むやつは全距離か?」
肉屋の店主が声をかける。
「おい勇者」
「なんや」
「飯は食っとけよ」
「死ぬと腹減るからな」
「それはちょっと分かる」
レオは真顔で頷いた。
だがもう視線は草むらの方へ向いている。
「うーん……」
完全に自分の世界だった。
やがて。
町外れの草むらが見えてくる。
レオはゆっくり剣を抜いた。
「……よし」
ざわり。
草が揺れた。
「はいはい、いつものな」
青スライムが五体飛び出す。
だが。
もう足は止まらなかった。
バシャッ。
バシャッ。
粘液が弾ける。
気づけば草むらは静かになっていた。
「……慣れって怖いな」
剣を振る。
その時。
ざわり。
草むらの奥で、オレンジ色が揺れた。
「来たな」
レオの表情が変わる。
次の瞬間。
オレンジスライムが横回転を始める。
(横は曲がる……!)
「ほい、来たっ――!!」
レオは地面を蹴った。
真正面から飛び込む。
オレンジスライムがカーブしながら襲い掛かる。
しかしカーブのおかげで身体のすぐ横を通り抜けた。
「今っ!!」
すれ違いざまに、レオは剣で撫でる。
ザシュッ!!
オレンジスライムの身体が揺れる。
「入った!!」
レオは顔を上げる。
「いけるや――」
その瞬間。
オレンジスライムが縮む。
「……あっまず」
どんっ!!
「ぐぇっ!!?」
縮みストレート。
なんとか剣を挟み込めたが盛大に飛ばされる。
地面を転がる。
「っ……くそ……!」
レオは立ち上がる。
「そういや、それもあったわ!!」
オレンジスライムが、ぶるりと震える。
再び横回転。
「いったん近づいて――」
レオは距離を詰める。
オレンジが弧を描くように、先ほどまでレオのいた場所を通り抜ける。
しかしレオの手もしびれていたので、手は出せなかった。
だが今回は近い。
オレンジスライムが縦回転へ変わる。
「来たっ!!」
大きく跳ね上がる。
次の瞬間。
どんっ!!
地面に着地した瞬間。
ぼよんっ!!
「ぐっ!!」
レオは剣で受ける。
ガキィッ!!
重い。
身体ごと吹き飛ばされた。
「っ……!」
地面を滑る。
だが。
すぐ目の前へオレンジスライムが落ちる。
「近っ――」
再び縦回転。
頭上を越える。
「うおっ!?」
レオは反射で横へ転がった。
直後。
ぼよんっ!!
背後へ逆転ボレー。
風が頬を掠める。
「っぶな……!!」
レオは距離を取る。
オレンジスライムも着地する。
レオは荒い息を吐いた。
「……横は曲がる」
「近いと跳ねる」
「で、もっと近いと後ろ来る……?」
「いや、でも縮むやつもあるし……」
「ほんまなんやこいつ……」
「あとちょっとでわかる気がすんねんどーー」
オレンジスライムが震える。
横回転。
「来たっ!!」
レオは前へ飛び込む。
オレンジが横を抜ける。
その瞬間。
オレンジスライムが縮む。
「そこっ!!」
オレンジが飛び上がった瞬間、レオは無理やり剣を振った。
ガッ!!
かすかに剣先がオレンジをなぞる。
オレンジスライムの勢いがズレる。
そのまま地面へ落ちた。
超近距離。
「――!!」
縦回転。
レオの頭上を越える。
(来るっ!!)
レオは咄嗟に振り向き様に、落下地点へ剣を振り下ろす。
ぼよんっ!!
「おらぁっ!!」
ザシュッ!!
オレンジスライムが揺れる。
一瞬止まる。
「……え?」
次の瞬間。
バシャッ!!
オレンジ色の粘液が弾け飛んだ。
静かになる。
レオはしばらく固まっていた。
「あれ?倒した……?」
酒場。
昼下がり。
客もまだ少ない時間だった。
アスタリアはカウンターの奥で、グラスを拭いていた。
その横。
窓際に置かれた水晶の中で、草むらが揺れている。
「……」
オレンジスライム。
飛び込むレオ。
吹き飛ぶレオ。
また飛び込むレオ。
アスタリアはちらりと視線を向ける。
「ほんと無茶するわね」
だが口調はどこか楽しそうだった。
次の瞬間。
水晶の中で、オレンジ色が弾け飛ぶ。
「……あら」
アスタリアは目を細める。
少しだけ。
嬉しそうに笑った。
「今日は祝勝会の準備をしなきゃ」
そう呟きながら、水晶へ布を被せた。
風が吹く。
草むらが、ざわりと揺れた。
「……」
レオはしばらく動かなかった。
やがて。
ゆっくり剣を持ち上げる。
刃には、オレンジ色の粘液がべったりと付いていた。
「……マジで?」
レオはぽつりと呟く。
静かだった。
さっきまで暴れていた草むらが、嘘みたいに静かだった。
「……倒した」
一歩置いて。
「倒したぁぁぁぁぁ!!!」
レオは勢いよく拳を突き上げた。
「オレンジ倒したぞおぉぉぉ!!」
「見たかあのクソスライム!!」
「こっちは何回死んだと思ってんねん!!」
叫び終えたあと。
レオはそのまま草の上へ倒れ込む。
「……疲れた」
空を見上げる。
青空だった。
「……帰るか」
レオは立ち上がる。
少しだけ誇らしそうに、町へ歩き出した。
酒場の扉を開けた瞬間。
「おぉぉぉぉ!!!!」
爆音みたいな歓声が飛んだ。
「!?」
レオは思わず固まる。
酒場の中は、すでに宴会状態だった。
料理。
酒。
笑い声。
昼間だというのに、やたら騒がしい。
「オレンジ倒したんだってな!!」
「マジかよ勇者!!」
「今日は飲め飲め!!」
「いやなんでお前ら知って――」
レオが言いかけた瞬間。
奥のテーブルから、大工の頭がジョッキを振り上げた。
「そんなことより祝杯の音頭さっさと取ってくれよ!!」
「飯が冷めちまう!!」
別の男も笑いながら叫ぶ。
「そうだぞー!!」
「主賓が帰ってくるまで待ってたんだ!!」
「さっさとやれー!!」
「お前ら勝手に!!」
レオは思わずツッコむ。
だが。
酒場いっぱいの視線が、自分へ集まっていた。
「……」
一瞬だけ黙る。
そして。
レオはにやりと笑った。
「……まあええ!!」
ジョッキをひったくるように持ち上げる。
「今日の俺は気分がええ!!」
「なぜかって――」
次の瞬間。
「「オレンジスライムを倒したから!!」」
酒場が揺れる。
「うるさっ!!」
レオは笑いながら叫んだ。
「せやねん!!」
「死ぬほど苦労したわ!!」
「死んでたやろ!!」
「うるさいわ!!」
どっと笑いが起きる。
その奥。
カウンターの中で、アスタリアが小さく笑っていた。
「で?どうやって倒したんだよ」
料理を頬張りながら、カイトが聞く。
「いやそれがな――」
レオは身を乗り出した。
「まず横回転は走り抜ける」
「ほうほう」
「でも近づきすぎると跳ねる」
「ほうほう」
「さらに近いと後ろから来る」
「……は?」
「いや、俺もよう分からん」
「本当にレオは雑だなぁ」
周囲から笑いが漏れる。
レオはジョッキを煽った。
「いやマジでなんか気づいたら勝っててん!!」
「でも勝ったんや!!」
「まあそれはそう」
カイトは苦笑する。
「……でも本当にすげぇよ」
「やろ?」
レオは即答した。
「今なら魔王も余裕かな!」
「調子乗んな」
「乗るわ!!」
レオは机を叩く。
「こっちは何回死んだと思ってんねん!!」
「なんてね。俺も知らん。多分、王様しか知らん。」
「嫌すぎる共有相手だな……」
また笑いが起きる。
レオは上機嫌のままジョッキを掲げた。
「つまり今の俺、結構強いんちゃう?」
その瞬間。
「オレンジのスライムを一体倒したくらいで?」
カウンターの奥。
アスタリアが涼しい顔で言った。
「うっ……」
レオの動きが止まる。
「いやでも前よりは強いやろ!?」
「本当に?」
「えっ?」
「スライム基準で?」
「ええい!うるさい!」
「そういやレオ」
カイトがジョッキを揺らしながら、ふと思い出したように言った。
「ん?」
「今何レベルなん?」
レオはきょとんとした。
「……レベル?」
「は?」
カイトの動きが止まる。
周囲も少し静かになった。
「いやだからレベル」
「え、なにそれ?」
「お前、王様から教会の話とか聞いてないん?」
「うん。聞いてない」
「は?」
今度は周囲の声だった。
レオはむしろ困惑している。
「なんやねんその反応」
「いや待て待て待て」
カイトが身を乗り出す。
「ポイント割り振ってないん?」
「ポイント?」
「……お前もしかして今まで教会に行ったこと」
一瞬の間。
レオは普通に答えた。
「うん。ないよ!!」
酒場が静まり返る。
「だってあそこ辛気臭いやん」
「理由が終わってる……」
カイトが頭を抱える。
その横で。
アスタリアが吹き出した。
「ふふっ……」
「笑うな!!」
「だって……っ」
珍しく肩を揺らして笑っている。
レオはむっと頬を膨らませた。
「なんやねん!」
カイトはしばらく額を押さえていたが。
やがて諦めたように笑う。
「いやぁ……そこはほんとフレイさんそっくりだわ」
「……マミーの話はええて」
宴会はまだ続いていた。
ジョッキのぶつかる音。
笑い声。
肉の焼ける匂い。
酒場はすっかり祭りみたいになっている。
「ほら勇者!!飲め飲め!!」
「今日は主役なんだから潰れろ!!」
「なんで主役が潰されなあかんねん!!」
レオは笑いながらジョッキを受け取る。
その時。
身体がふっと軽くなった気がした。
「……ん?」
レオは眉をひそめる。
肩を回す。
さっきまであった痛みが、少し薄い。
「どうした?」
カイトが聞く。
「いや……なんか」
レオは手を握る。
「ちょっと身体軽い」
「……あー」
カイトが納得したように頷いた。
「多分レベル上がってるな」
「え?」
「オレンジ倒したんだろ?」
「そりゃまあ」
「じゃあ上がっててもおかしくない」
レオはぽかんとした。
「……え、そんな急に強くなるん?」
「急っていうか普通だよ」
「いや知らんし」
「お前ほんと何も知らんな……」
カイトは呆れながら笑う。
「まあ明日、本当に一回だけでいいから、騙されたと思って教会に行ってこい」
「ポイント振ったらもっと楽になるぞ」
「えぇー……」
「嫌そうな顔すんな」
「だってなぁ、さっきも言ったけど辛気臭いやん」
「お前行ったことないやん」
また周囲が笑う。
レオは不満そうにジョッキを煽った。
だが。
悪い気分ではなかった。
身体は軽い。
酒はうまい。
今日はちゃんと勝てた。
レオはジョッキを見つめる。
「……まあ」
一口飲む。
「一回ぐらいなら、ええか」
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