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 ーー酒場、朝。


 レオは机に突っ伏していた。


「……気持ち悪ぃ……」


 頭が痛い。


 喉も痛い。


 あとなんか世界が回っている。


 昨夜、オレンジスライム撃破祝いとかいう理由で飲まされまくった結果だった。


「ほら、水」


 コト、とコップが置かれる。


 レオはゆっくり顔だけ上げた。


「……お前、あんなに飲んでたのになんで……」


「別にあれくらい普通よ」


「バケモンかよ……」


 アスタリアは平然と朝食を食べている。


 パン。


 スープ。


 あとなんか洒落た卵料理。


 普通に腹立つ。


「起きなさい」


「無理や……」


「教会行くわよ」


「今日ぉ!?」


 レオは再び机へ沈んだ。


「明日でええやろ……」


「明日にしたら、レオは行かなくなるだろ」


 横から声が飛んだ。


 見ると、カイトが弓を背負って立っていた。


「カイトか……おはようさん……」


「おはよう」


「おはよう、レオ、アスタリア。」


「今日はどないしたん?」


「レオの事だから昨日の今日で教会に行くの嫌がって駄々をこねると思ってね。アスタリアのところに来たんだ」


「なんで俺がアスタリアのとこおるって……」


「感だよ、感。長年の親友の」


「魔法使いやん」


 アスタリアは小包をカイトに渡す。


「はい。これ、昨日言ってたお弁当よ」


「アスタリアありがとう!ここの弁当が一番おいしいよ」


「当然でしょ」


「それ目的やないかい......」


「これ、代金」


「いいわよ。レオの分も作ったし」


「?なんで俺も弁当?」


「今日は騙されたと思って教会に行くんだろ?」


「お前が言ったからな……一緒に行くんやろ?」


「悪ぃ。今日は狩りの手伝いなんだ。」


「なんやお前が言い出したんやろ……」


 カイトは笑いながら扉へ向かった。


「アスタリア、弁当ありがとう!じゃ!頑張れ勇者様!!」


「おい待て!」


 扉が閉まる。


 静かになった。


 レオはゆっくり顔を上げる。


「……帰ってええ?」


「だめ」


「あかんかーー……」


 ーー教会


 教会は静かだった。


 町の中心から少し離れた白い建物。


 石造りの壁。


 高い天井。


 光の差し込むステンドグラス。


 足を踏み入れた瞬間、レオは少しだけ顔をしかめた。


「……やっぱ苦手やわここ」


 ぼそりと呟く。


 教会というと、レオの中では棺桶のイメージが強い。


 死んだ冒険者。


 運ばれてくる棺桶。


 蘇生。


 泣いてる人。


 そういう印象ばかりだった。


 だが今日は違った。


 子供を抱いた夫婦がいる。


 祈っている老人もいる。


 若い男女が神官と話していた。


 棺桶は無い。


「……なんか思ってたんと違うな」


「そう?」


 アスタリアはいつも通りだった。


 そのまま受付へ向かう。


 神官の男が顔を上げた。


 そして止まった。


「……勇者様?」


「はい?」


「勇者任命の日から、ずっとお待ちしておりました」


「……へ?」


 神官は困惑したように目を瞬かせる。


「なぜ一度も教会へ来られなかったのですか?」


「えーっと……」


 レオは視線を逸らした。


「……なんか苦手やねん」


「苦手、ですか?」


「死んだ人とかが、運ばれてくる場所やろ……だからちょっとな……」


 神官は少しだけ目を細めた。


「……勇者様は、教会を死者の場所と思っておられるのですね」


「ちゃうん?」


「ですが教会とは、人が神と最も近づく場所なのですよ」


 静かな声だった。


「生を授かる時も」


「夫婦の契りを交わすときも」


「奇跡を求める時も」


「そして死して、魂を御身へ還す時も」


「我らは常に、神の御前にあるのです」


 レオはなんとも言えない顔をした。


「……やっぱちょっと苦手やわ」


 神官は小さく笑った。


「そういう方も多いですよ」


 そこでアスタリアが口を開く。


「そんなことより、要件をさっさと済ませたいのだけど」


「あ、はい」


 神官は慌てて姿勢を正した。


「本日はどのようなご用件でしょう?」


「レベル確認と成長割り振りよ」


「ん?レベルとやらを確認しに来たんやろ?成長割り振り?なんやそれ?」


 神官が固まる。


「勇者様、まさか……」


 空気が止まる。


 嫌な沈黙。


「……もしかして、なんかしてもうた?」


「成長割り振りを、一度も?」


「……なにそれ?」


 近くの神官までこっちを見る。


「え?」


「え?」


「ではレベル確認は?」


「なんかここで出来るとは聞いた。」


 神官が完全に固まった。


「ま、まさか勇者様……」


「だって来たことないし……」


「……」


「……」


 神官は一度深呼吸した。


「……では、私から説明を」


「お願いします」


 レオは素直に頭を下げた。


「まず、生物は魔物を倒すことで“魔素”を浴びます」


「魔素?」


「魔物が死ぬ際に散る力の残滓です」


 神官は水晶へ視線を落とす。


「魔素は草木や鉱石にも宿ります。ですが、生き物の肉体へ最も馴染みやすい」


「へぇ……」


「そして一定以上の魔素が定着した時、生物は“成長”するのです」


「それがレベル?」


「はい。神の御加護によって、魔素が力へ変わるのですよ」


「ほーん」


「ですが、それだけではありません」


 神官は水晶を取り出した。


「成長した際、様々な恩恵が神より与えられます」


「恩恵?」


「その一端が“ポイント”です」


 水晶が淡く光る。


「ポイントを割り振ることで、現在の能力へ加護を与えることが出来ます」


「へぇー」


「ですが、一度与えられた加護は基本的に覆りません」


「戻せへんの!?」


「はい」


 神官は静かに頷く。


「そして、何に割り振るかによって、生き方、戦い方は大きく変わります」


「同じ勇者でも、筋力を重視する者。耐久を重視する者。敏捷を重視する者など様々です」


「なるほどなぁ……」


 レオは感心したように頷いた。


「そもそも、どういった物にポイントは振れるん?」


「一般的には五種です」


 神官は指を折る。


「筋力」


「肉体の出力そのものですね。武器の威力にも関わります」


「耐久」


「肉体の頑丈さです。傷や疲労への強さにも影響します」


「敏捷」


「素早さや反応速度。回避にも関わりますね」


 アスタリアが小さく頷く。


「ここ大事」


「お前絶対そこだけ見るやろ」


「当然でしょ」


 神官は咳払いした。


「感知」


「気配察知や空間認識などです。不意打ちへの対応にも影響します」


「そして知性」


「知識の理解力、魔術制御、複雑な術式理解などに関わります」


「最後だけ急に難しそうやな……」


「ですが、適性を持つ者は別です」


「別?」


「魔術適性を持つ者は“魔力”へ」


「魔力って?」


「魔素を扱う力です。火や氷など、世界へ直接干渉する術に関わります」


「おおー、魔法っぽい」


「魔術ですから」


 神官は静かに続ける。


「神聖適性を持つ者は“奇跡”へ」


「それは回復とか?」


「治癒、浄化、加護……神への祈りによって起こされる力ですね」


「へぇー」


「故に、奇跡は信仰と深く結びついています」


 そこでアスタリアが小さく鼻を鳴らした。


「そして、一部の者は“使役”への適性を持ちます」


「使役?」


「魔物や精霊、使い魔などを従える才能ですね」


「なんかかっこよくない?」


「ですが、人族で扱える者は極少数です」


「そうなん?」


「ええ。多くは魔族側の系譜ですね」


「なるほどなぁ」


「更に一定の能力へ到達した者は、“恩恵”を得ることがあります」


「恩恵?」


「はい。“軽歩”や“豪腕”などですね」


「おおー」


 レオの目が少し輝いた。


「ですが、発現には個人差があります。詳しい発現条件までは解明されておりません」


「更に、技術として“技能”を習得する者もいます」


「技能?」


「はい。一般には“アーツ”と呼ばれるものですね」


「アーツは知っとる!!」


「それはよかったです……」


 神官は少し安心した顔をした。


「本来であれば、赤子の際に洗礼を行い適性や恩恵の確認も行うのですが……」


「あー、それ洗礼?ってのは多分、親父がやってると思う」


「……はい?」


「うちの親父、神官やねん。だから家で済ませたって聞いてる」


 神官が少しだけ納得した顔になる。


「なるほど……そういうことでしたか」


「なんや、そんな変な話やないんやな」


「いえ。稀ではありますが、神官の家系では時折あります」


「ほーん」


「ですが……」


 神官の表情が少し曇る。


「その後、一度も教会へ来られていないのは問題です」


「そんな怒られることなん?」


「怒ります」


 真顔だった。


「勇者様ほどの方なら尚更です」


「すんません……」


 レオは少し縮こまる。


「では勇者様、現在の状態を確認しますね」


 水晶が強く光る。


 神官は目を見開いた。


「……これは」


「どうした?」


「勇者様、かなり成長点が余っています」


「余っとるん?」


「はい……」


「ラッキーやん」


「ラッキーではありません」


 真顔だった。


「本来ならもっと早く来ていただくべきでした」


「すんません……」


 怒られている。


 完全に。


 神官は水晶へ再び視線を落とした。


「……それと」


「ん?」


「既にいくつか“恩恵”も発現していますね」


「え?」


「え?」


「“軽歩”」


「さっき言ってたやつか!」


「“見切り”」


「おお!!」


「“死に物狂い”」


「嫌すぎる名前やな……」


 神官の眉がわずかに動く。


「……あまり、多くの人が発現するような恩恵ではありませんね」


「そうなん?」


「ええ……」


 神官の視線が少しだけ変わる。


「……特に“死に物狂い”は、あまり見ませんね」


「そうなん?」


「ええ。相当、極端な実戦経験を積まねば発現しないと言われています」


「へぇー」


「……勇者様は、一体どのような戦いを?」


「スライムに囲まれて死んでた」


「え?」


「何回も死んだ」


「え?」


「ん?」


 レオも神官も真顔だった。


 その隣で、アスタリアだけが少し笑っていた。


「そのおかげで、少しは見切れるようになったものね」


「避けな死ぬからな……」


 神官はなんとも言えない顔をしていた。


「ですが……」


 視線が少し変わる。


「やはり勇者様です」


「?」


「奇跡適性が非常に高いですね」


「おお!!」


 レオのテンションが上がる。


「もしこちらへ成長を寄せれば、高位奇跡も十分――」


「必要ないわ」


 空気が止まった。


 神官の笑顔がわずかに固まる。


「……奇跡は、神より授かる尊き力です」


「そう」


「それを不要と?」


「レオには必要ないと言っただけよ」


 静かな声だった。


 だが妙に冷たい。


 神官も少しだけ表情を変える。


「勇者様が奇跡を扱えることには、大きな意味があります」


「意味?」


「勇者とは、人々を導く存在です」


 アスタリアが小さく頷く。


「奇跡は人を救います」


「なるほどなぁ」


「だからこそ――」


「必要ないの」


 神官が止まった。


「……はい?」


 アスタリアはレオを見る。


「レオには」


「しかし、それは勇者レオ様の――」


「まあ、アスタリアがそういうならいらんか」


「なぜです!?」


 神官は困惑していた。


「あなたは勇者なのです。人々の希望、なのになぜ!?」


「うーん。あんまり惹かれるものがないかなぁ」


「!?」


 神官は絶句していた。


「そもそも、奇跡って……俺の頑張りを奇跡のおかげにされてもなぁ」


 アスタリアは笑っていた。


「そうよね。あなたならそういうと思ってたわ」


「なにわろてんねん!!」


 神官が少しだけ眉を寄せる。


「……かなり特殊な道を行かれるのですね」


「そう?」


「普通はみな、ほかの人にはない才を求めます」


「ええやん」


「だからこそです!! あなたほどの方なら、救世主にもなれるというのに!!」


 神官が叫ぶ。


 レオは少しだけ考え込む。


「……うーん、でもな。俺、救世主なんてがらじゃないし」


「はい?」


「べつにな。目の前のやつ救えたら、それで十分やねん」


「ではなおのこと――」


「あと聖職者のそういうところ、暑苦しくて無理」


「なっ……」


「親父も神官やったし」


 アスタリアが今まで見たことないぐらい笑っていた。


 結局。


 レオは敏捷と感知を中心に割り振った。


 少しだけ筋力。


 耐久は却下された。


「絶対おかしいやろこの育成……」


「いいえ」


 アスタリアは平然としている。


「死ななければ問題ないわ」


「死んどるねん今まで!!」


 神官は複雑そうな顔だった。


「……ですが、本当に奇跡には……」


「当たり前じゃない」


「なんでお前が満足そうやねん」


 最後に神官が小さく頭を下げる。


「勇者様」


「ん?」


「教会はいつでも貴方を歓迎しております」


「……お、おう」


「奇跡を求める時も」


 一瞬だけ。


 神官の視線がアスタリアへ向いた。


「死して魂を還す時も」


 アスタリアは何も言わなかった。


 教会を出る。


 外の空気が妙に軽かった。


 レオは軽く身体を動かす。


「……なんか身体軽ない?」


「当たり前でしょ」


「いや怖いわ……」


「ちょうどいいわ。レオ、少しスライム狩りに行きましょうか」


「どうせ見てるだけやろ?」


「当たり前じゃない」


「やっぱり……」


「でもその方がご飯が美味しくなるんじゃない?」


「それもそうか……」


 ーー町外れ


 歩いていると、草むらが揺れた。


 青スライム。


 飛び込んでくる。


「はいはい、いつもの――」


 その瞬間。


 レオの身体が勝手に動いた。


 半歩。


 するりと避ける。


「……お?」


 スライムが空振る。


 レオは目を瞬かせた。


「え?」


 アスタリアが少しだけ笑う。


「ほらね」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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