表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
17章:緑の森(嫉妬)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/164

第2節:腐敗する楽園

「……ババアか?」


ヴェールさんが震える声で呟きました。


ライトの中に浮かび上がった老婆――木の幹に下半身を飲み込まれ、皮膚が樹皮のように変質したその人は、ギギギ……と軋むような音を立てて首を傾げました。


「忘れたのかい? お前を育ててやった、この森のおさを」


「……忘れるもんかよ。夢にまで見たぜ、この湿気たツラは」


ヴェールさんは悪態をつきましたが、ハンドルを握る手は白くなるほど強く握りしめられていました。


老婆だけではありません。

鉄の柩の周囲の闇から、ズルリ、ズルリと気配が湧き出してきました。


苔むした岩だと思っていたものが、目を開きます。

垂れ下がったつただと思っていたものが、人の腕の形をしています。


この森の木々は、すべて「かつて人間だったもの」の成れの果てでした。


「どうして……こんな姿に」


私が窓越しに問うと、老婆は虚ろな瞳をこちらに向けました。


「『緑の恵み』だよ。お嬢ちゃん」


老婆は、自分の胸元に埋め込まれた、微かに脈打つ緑色の光を撫でました。


「外の世界は乾いていて、辛いだろう? 動けば腹が減る。歩けば足が痛む。……けれど、この森に根を張れば、母なる大樹様が養分を分け与えてくださる」


「動かなければ、腹も減らない。何も望まなければ、失うこともない」


老婆の周囲の「木人」たちが、さざめくように同意します。


――そうだ、そうだ。――ここは楽園だ。


誰も死なない、誰も傷つかない。


――ただ、静かに腐っていくだけの、永遠の安息。


「……きもちわるい」


リアが私の服を強く握りしめました。

彼女の本能が、この場所の異常さを拒絶しています。


生とは、変化することです。

けれど彼らは、変化を恐れるあまり、自ら植物になることを選んだ。


それは「生きている」のではなく、「死んでいない」だけの状態。


「……ヴェール。お前も戻っておいで」


老婆が、枯れ枝のような手を差し伸べました。


「お前のその病気……『色漏症』は、外では生き辛かっただろう? 常に何かが漏れて、足りなくて、寒くて、惨めで……。でも、ここなら大丈夫さ。みんなで分け合えば、お前の穴も埋まる。戻ってきて、お前の足も、お前の目も、この森の土へ差し出しなさい。みんなと『同じ』になりなさい」


「……」


ヴェールさんが、揺れました。

彼の瞳に、一瞬だけ弱々しい色が浮かびます。


常に「奪わなければ生きられない」という業を背負った彼にとって、「何もしなくても生きていける」という提案は、どれほど甘美な毒でしょうか。


「……ああ、そうだな。外はクソだ。どいつもこいつも俺を見下しやがる。……ここは静かでいい」


「ヴェールさん?」


私が名を呼ぶと、彼は夢遊病のようにドアノブに手をかけました。


「おにいちゃん、だめ!」


リアが叫びますが、彼の耳には届いていません。


老婆がにんまりと笑いました。

その笑顔は、慈愛ではなく――泥沼に引きずり込もうとする「粘着質な悪意」に満ちていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ