第4節:崩れ行く黄金
私たちの指先が、同時に黄金の被膜に触れようとした、その時。
「――いい加減にしろ、このバカ共がッ!!」
ヴェールさんの怒声が、頭蓋の奥で反響しました。
彼はふらつく足取りで私の前に立ち、私と結晶の間に割り込みました。
彼は迷うことなく、抜いた短剣の柄で、リアの手を弾き飛ばしました。
バシィッ!
「あうっ……!?」
リアの瞳が揺れ、伸ばしかけた指先が、ほんの少しだけ引っ込みました。
同時に、ヴェールさんは私の肩を乱暴に掴み、平手打ちを食らわせました。
「ヴェールさん……邪魔を、しないでと言ったはずです」
私が冷たい視線を向けると、ヴェールさんは肩で息をしながら、汚れた手で自分の額を乱暴に拭いました。
彼の顔は、過剰な魔力にあてられて、いつにも増して土気色です。
けれど、その瞳だけは、この場で唯一「正気」の色をしていました。
「邪魔しなきゃ、お前ら二人揃って『色相』の化物に成り果てるんだよ! マシロ、その目を見ろ。鏡を見たことがあるか? 今のお前、あのクソったれな『執行官』どもと、同じ顔してやがるぞ!」
「『奪う』のは、俺みたいなゴミクズの仕事だ。……お前がそれをやったら、アイゼン(あいつ)が戻ってきたとき、どんな顔して迎えればいいのか分かってんのか!」
アイゼン。
その名前を呼ばれた瞬間、私の右腕の拍動が、一瞬だけ止まりました。
その名前は、血を流しすぎて冷え切った私の心臓に、無理やり火を灯す呪文のようでした。
「……っ。アイゼン、は……」
右腕の拍動が、不気味に静まり返ります。
視界を染めていたどす黒い赤が、ゆっくりと引いていきました。
私は自分の指先を見つめ、それから震えるリアを見ました。
私の魔力にあてられ、命を吸うことに恍惚としていた彼女の瞳が、今は恐怖に凍りついています。
(私は、何を……)
危うく、私は自分を「モノ」として扱った男たちと同じになるところでした。
いいえ、それ以上に醜い、カルミナと同じ「支配者」に。
「ヴェールさん、どいてください。……これは、私が終わらせます」
私は、今度は「赤」ではなく、自分自身の意志を込めて右手を伸ばしました。
リアの黄金が形を許し、私の選択「器の意志」。
その二つが揃い触れることを許した瞬間、脈打つ黄金の結晶は、牙を剥くのをやめ、吸い込まれるように私の掌へと収まりました。
ズズズ……ッ!
直後、供給源を失ったカジノの装置が火を噴き、建物全体が地鳴りを立てて崩落を始めます。
「あ、ああ……私の城が……!」
瓦礫の中で、春がへたり込んでいました。
極彩色の着物は汚れ、自慢の扇子は折れています。
彼は崩れ落ちる黄金の天井を見上げ、引きつった笑いを漏らしました。
「ハハ……。とんだジョーカーを引かされたもんだ。……全部チップ(命)に変えてでも奪い取る、か。まさか本当にやりやがるとはねえ……」
その姿は、強欲の果てに残る虚無そのでした。
「おい、感傷に浸ってる暇はねえぞ! ハル(あいつ)は放っておけ、逃げるぞ!」
ヴェールさんがリアを抱き上げ、私の腕を掴みました。
私たちは崩れ落ちる「強欲」の瓦礫を背に、闇の中へと駆け出しました。




