第3節:略奪と黄金の鍵
私の右腕が、かつてないほどの熱量で爆ぜました。
失った血液の代わりに、怒りが、欲望が、血管を逆流して満たしていく。
「赤」の魔力が、私を照らしていた黄金のスポットライトを物理的に食い破り、会場全体をどす黒い夜の色へと塗り替えていきます。
私の言葉が終わるのを待たず、会場の闇が蠢きました。
右腕の「赤」が、血管を伝って指先から噴き出し、物理的な質量を持って室内をなぎ払います。
派手な服を着た男たちの銃火器も、高価なシャンデリアも、私の意思一つで「機能」を奪われ、バラバラと崩れ去っていきました。
「ひ、ひいぃっ! 化け物だ、化け物が出たぞ!」
さっきまで私を「至高の宝石」と称えていた男たちが、今は蜘蛛の子を散らすように出口へと群がっています。
春もまた、持っていたシリンダーを取り落とし、腰を抜かして後退っていました。
私はゆっくりと鳥籠の前へ歩み寄りました。
鉄格子など、今の私には枯れ木同然です。
魔力の風が触れるだけで、飴細工のように捻じ切れ、弾け飛びました。
「私のリア。……迎えに来ましたよ」
鉄格子の向こう側。
小さな体を震わせて蹲っていたリアが、ゆっくりと顔を上げました。
その瞳を見た瞬間、私は息を呑みました。
「……あ」
リアの瞳。
琥珀色だったはずの彼女の瞳が、今はカジノの照明よりも深く、どろりとした「黄金」に染まっていたのです。
彼女は私を見て、安心したように微笑みました。
けれど、その笑顔はいつもの無邪気なものではありませんでした。
「……マシロ、おねえちゃん。……あれ、ほしい」
リアが震える指で指し示したのは、舞台の奥、破壊された金庫室から転がり落ちた「黄色の色相結晶」。
この街の強欲を吸い込み、脈打つ心臓のように輝くその石に呼応するように、リアの体から黄金色の細い糸が伸び、周囲に転がっている富豪たちの「色素」を無理やり引き抜き始めました。
「ほしいの……ぜんぶ、リアのもの。おねえちゃんと、リアのもの……」
リアの洗脳された「聖女」としての本能が、私の「赤」と、この街の「黄」に当てられて暴走を始めています。
救い出したはずの少女が、今や私以上に貪欲に、周囲の命を「吸い上げて」いる。
彼女の中にある、幼い日の両親の教え。
黄金こそが救いであり、全てを満たす光であるという刷り込みが、結晶と共鳴しているのです。
「リア……? 何を……」
私がその小さな肩に手をかけようとした瞬間、私の右腕の結晶もまた、歓喜するように激しく拍動しました。
(――そうだ。すべて奪って、一つになればいい)
頭の中に響くのは、私の声か、それともカルミナの声か。
私は、リアと一緒に「黄色」の結晶を掴み取るべく、吸い寄せられるように手を伸ばしました。
「ま、待て! それを抜くんじゃない!!」
悲鳴のような絶叫が響きました。
見れば、ハルが顔面を蒼白にさせ、ガタガタと震える指で結晶を指差していました。
「それはただの景品じゃない! このパレスの地盤を固定し、全ての電力を賄う要石なんだ! それを引き抜けば、この建物ごと生き埋めになるぞ!!」
ヴェールさんが、瓦礫を蹴り飛ばしながらステージへ駆け上がってきました。
「……そういうことかよ。街のエネルギーを独占して、自分だけ黄金の城にふんぞり返ってたわけか。……おいマシロ、今のうちに手を離せ!」
「……リア、それを離して」
私は、自分の声が震えているのに気づきました。
でも、身体が止まらない。
リアの小さな手が、脈打つ「黄」の結晶に触れようとしています。
彼女の瞳は、もう私を見てはいませんでした。
そして、私の右腕も。
結晶に呼応し、皮膚の下で黒い痣が蠢き、叫んでいます。
(奪え。すべて。そうすれば、もう何も怖くない。アイゼンだっていらないくらい、強くなれる)




