第5節:悪魔の査定
通されたのは、最上階に近い貴賓室でした。
重厚な扉が閉まると、外の喧騒が嘘のように遮断されます。
部屋の中央には、ルーレット台が一台。
そして、壁際のガラスケースには――拳大の大きさを持つ、黄金色の宝石が飾られていました。
(……結晶!)
間違いありません。私の右腕が焼けるように反応しています。
(※設定参照:右腕は既に肩まで侵食され、次の色相に身体が先行反応している )
私たちが探していた「黄(強欲)」の色相結晶。まさか、こんな場所にあるなんて。
「おや、そっちが気になるのかい?」
春がソファに腰を下ろし、グラスを傾けました。
「この街の地下から掘り出された、高純度のエネルギー鉱石さ。今夜の『強欲のルーレット』、その優勝賞品としてオーナーが出品したものだよ」
「……リアは」
私は宝石から視線を外し、ハルを睨みました。
ハルはリモコンを操作し、壁のモニターを点灯させました。
そこには、豪華な客室で、大量のお菓子に囲まれて怯えているリアの姿が映っていました。
「安心しな。傷ひとつ付けてないよ。……なにせ、今夜の『特玉(目玉商品)』なんだからね」
「商品……」
「そうさ。あの宝石を狙う富豪たちの、余興の競売に出される予定だ」
ハルは、グラスの縁を指でなぞりながら、ねっとりとした視線で私を見ました。
その視線は、私の顔から首筋、そして泥にまみれたローブの下の身体のラインまでを、舌で這うように舐め回しました。
「……ふむ。近くで見ると、あんたも悪くないね。泥を落として、薄いシルク一枚着せて飾れば……地下の男たちが喉から手を出して欲しがる『極上の夜伽』になる」
ゾワリ、と背筋に嫌なものが走りました。
値踏みされている。人間としてではなく、消費される「肉」として。
「返して欲しければ、買い戻すしかない。……で? いくら持ってるんだい?」
ヴェールさんが懐を探りますが、出てきたのは小銭程度の銀貨だけ。
ハルはそれを見て、冷やかに鼻を鳴らしました。
「話にならないね。あの子の『黄金の瞳』は、国が一つ買える値段がつく。そんなはした金じゃ、指一本触れさせられないよ」
「……くそっ」
ヴェールさんが悔しげに拳を握りしめます。
金がない。力がない。
このままでは、リアは売り飛ばされ、宝石も誰かの手に渡ってしまう。
それだけは。
それだけは、絶対に嫌だ。
(……代価。代価が必要なのね)
私は震える息を吐き出し、一歩前へ出ました。
金よりも重く、この強欲な男が興味を示すもの。
「……待ってください」
私は黒服たちを睨みつけながら、ハルに向かって声を張り上げました。
そして、テーブルの上にあった果物ナイフを掴み取ります。
「おいマシロ!? 何する気だ!」
「……私は魔女です。この体には、世界で最も純度の高い『色』が流れています」
迷いはありませんでした。
私はナイフの刃を、自分の左手の指先に突き立てました。
プツリ。
赤い血が、緑色の羅紗が張られたゲームテーブルの上に落ちます。
それは照明を反射して、虹色に揺らめく不思議な輝きを放ちました。
「……ほう」
ハルの目の色が、変わりました。
ただの小娘を見る目から、値打ちのある「資源」を見る目へ。そして征服欲をそそる「獲物」を見る目へ。
彼は立ち上がり、私の指先から滴る血を指で掬い、唇に当てました。
「甘いね。……極上の蜜だ」
「私の血一滴を、チップ一枚に変えなさい」
「……自分の『寿命』を賭けるって言うのかい? それとも、負けたらその身体ごと私のコレクションになる覚悟はあるのかい?」
「ええ。リアを返してもらう。そして……あの宝石も、頂きます」
私はモニターの中のリアと、ケースの中の宝石を交互に見据えました。
強欲。
そう、これが強欲なら、私はそのルールに乗ってやる。
「……ハハッ! いいねぇ、狂ってるねぇ!」
その瞳には、美しい花を散らしたくてたまらない、サディスティックな欲望が宿っていました。
ハルが立ち上がり、嬉しそうに手を叩きました。
「自分の命も貞操も切り売りする女、嫌いじゃないよ。……交渉成立だ」
ハルがディーラーの席に立ち、真っ黒なチップの山をテーブルに広げました。
「歓迎しよう、地獄の遊戯盤へ。……せいぜい、干からびるまで踊っておくれよ?」
(第16章 「黄のカジノ(強欲)」 完)




