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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
16章:『黄のカジノ(強欲)』

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第3節:冷めた紅茶と空席

リアが戻ってこない。


5分、10分……。


カップの紅茶が完全に冷え切り、表面に薄い膜が張り始めた頃、私の胸の奥で小さな警鐘が鳴り始めました。


「……リア?」


私は席を立ち、店の奥にある化粧室へ向かいました。


重厚な木の扉をノックします。返事はありません。


嫌な汗が背中を伝います。私は失礼を承知で、ドアノブを回しました。


誰もいませんでした。


狭い個室のドアは全て開いています。


ただ一つ、突き当たりの「搬入用」と思われる勝手口だけが、半開きになっていました。


床には、小さな靴が片方だけ転がっています。


ついさっきまで、あんなに嬉しそうに足踏みをしていた、見慣れたボロボロの靴。


そこから吹き込む風は、パンケーキの甘い匂いをかき消し、路地裏の生ゴミと排気ガスの臭いを運んできていました。


「……嘘」


私は店の中へ戻り、近くにいた蝶ネクタイの店員――さっき銀貨を見て笑顔になった彼――に詰め寄りました。


「あの子は!? 連れの女の子、見ていませんか!?」


「はあ……? ああ、あのお子様なら、裏口から出て行かれましたよ」


店員は、グラスを拭きながら億劫そうに答えました。


その目には、先ほどの愛想の良さは微塵もありません。


あるのは、この地下街特有の「無関心」という名の冷たさだけでした。


「出て行ったって……あの子が勝手に行くわけない! 誰か一緒じゃなかったですか!?」


「さあね。……お客様、ここは『オーラム・ヴァレー』ですよ。迷子のガキが一人で歩いていたら、掃除業者(スイーパー)に回収されるのがルールだ」


「回収……?」


「商品価値のありそうな迷子は保護して、然るべき場所に卸す。この街の治安維持(エコ・システム)です。……お連れ様、見た目は汚れているが、上玉のようでしたから」


店員はグラスを置き、薄ら笑いを浮かべて私を見下ろしました。


「高く売れるんじゃないですかね……まあ、貧乏なあなたには関係のない話でしょうが」


カッ、と頭に血が上りました。


ドクン!!


右腕の血管が熱く脈打ちます。

(※設定参照:痣は既に肩口まで到達しており、激しい拍動が服の上からでも視認できる状態)


殺意が、視界を赤く染め上げようとしました。


罠? いいえ、違います。私がこの店を選び、私がこの席に座らせたのです。


さっきまで、私たちが「美味しいね」と笑い合っている間、この男はずっと品定めをしていたのか。


リアが「ごちそうさま」と手を合わせたあの瞬間も、この男には「商品」の値踏みにしか見えていなかったのか。


あの甘い時間も、温かいパンケーキも。


全部、この街の欲望の前では、ただのゴミ屑だったのです。


「……ふざ、けないでっ!!」


私はテーブルに置かれた冷めた紅茶をなぎ倒し、店を飛び出しました。


ガシャンッ! とカップが割れる音が、私の理性が砕ける音のように響きました。


「リア!!」


大通りに出ても、そこにあるのは光の洪水と、仮面をつけた人々の波だけ。


誰も私を見ません。誰も立ち止まりません。


少女が一人消えたくらい、この街では日常茶飯事なのです。


「リア! どこ……っ!」


右往左往する私の腕を、誰かが強い力で掴みました。


「――おい、落ち着けバカ女!」


「っ、離して! リアが、リアが……!」


「俺だ! 静かにしろ、目立つとまた狩られるぞ!」


頬を張られるような低い声。


涙で滲んだ視界に、帽子を目深に被ったヴェールさんの顔が映りました。


彼は私の腕を引き、強引に路地裏へと引きずり込みました。


「ヴェールさん……! ごめんなさい、私、油断して……リアが……!」


「……チッ。あの店に入っていくのが見えたから嫌な予感はしてたんだ。この街で『迷子』は一番の金ヅルだぞ」


ヴェールさんは舌打ちし、震える私の肩を乱暴に揺さぶりました。


「泣いてる場合か。……あいつの『黄金の瞳』だ。普通の売春宿や労働施設には流されねぇ。もっと値がつく場所へ運ばれたはずだ」


「値がつく場所……?」


「ああ。この街の心臓部――『ゴールデン・パレス』だ」


ヴェールさんが顎でしゃくった先。


街の中央にそびえ立つ、巨大な黄金の塔が、威圧するように輝いていました。

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