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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
16章:『黄のカジノ(強欲)』

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第2節:『雪解けの甘さ』

 しばらくして運ばれてきたのは、湯気を立てる幸せの塔でした。

 お皿の上でフルフルと揺れる、分厚い三枚のパンケーキ。その頂上から、熱で溶けたバターが雪崩のように滑り落ち、琥珀色の蜂蜜と混ざり合って、お皿の海へと広がっていきます。

 甘い。匂いだけで、脳が痺れるほど甘い香りがしました。


「おねえちゃん、これ、ほんとうにたべていいの?」


「もちろん。全部、リアのだよ」


 私がナイフとフォークを取り分け皿(とりわけざら)に乗せて渡すと、リアはごくりと喉を鳴らしました。

 そして、震える手でケーキを一切れ切り出し、大きな口を開けて頬張ります。


「……んぅっ!!」


 リアの目がまん丸に見開かれました。次の瞬間、その頬がとろけるように緩みます。


「おいしい……っ! なにこれ、とけちゃう! 雲みたい!」


「ふふ、雲を食べたことあるの?」


「ないけど! でも、きっとこういう味がするの!」


 リアは足をバタバタさせて喜びました。その笑顔には、昨日までの怯えや影は微塵もありません。ただ純粋に、甘いものへの感動だけが輝いています。

 ああ、よかった。私はその様子を見て、ようやく、心臓に刺さっていた氷柱が溶けたような気がしました。


「マシロおねえちゃんも! はい、あーん!」


 リアがフォークに刺した切れ端を、私の口元に差し出してきました。私は少し躊躇(ためら)いましたが、彼女のキラキラした瞳に押されて、口を開けました。

 ぱくり。温かいスポンジが、舌の上で解けました。卵の風味と、蜂蜜の濃厚な甘さ。

 それは、私の疲弊した心に一つ一つに染み渡るような、優しくて温かい味でした。


「……うん。美味しいね」


「でしょ! えへへ、あまいねぇ」


 クリームで口の周りを白くしたリアが、ケラケラと笑います。私もつられて、小さく笑いました。笑ったのは、いつぶりでしょう。

 窓の外では、黄金色のネオンが煌めき、仮面をつけた人々が欲望を求めて彷徨っています。けれど、この小さなテーブルの上だけは、世界で一番平和な場所でした。

 アイゼンはいません。車も壊れています。それでも、こうして温かいものを食べて、笑い合うことができる。


(……焦らなくて、いいのかもしれない)


 ふと、そんな思いがよぎりました。アイゼンを治すのは大切です。でも、そのためにリアの笑顔を潰してしまったら、アイゼンはきっと悲しむでしょう。少し休んで、またゆっくり進めばいい。ヴェールさんも、車も、そして私も。

 私はカップを持ち上げ、甘いミルクティーを一口飲みました。温かさが喉を通り過ぎていきます。


「……」


 ふと見ると、最後の一切れを平らげたリアが、フォークを置いてモジモジと身体を揺らしていました。さっきまでの笑顔が消え、顔を真っ赤にして、膝をすり合わせています。


「リア? どうしたの。お腹痛い?」


「う、ううん……ちがうの」


 リアは消え入りそうな声で首を振り、私の袖をちょんちょんと引っ張りました。そして、誰にも聞かれないように、内緒話をするように囁きます。


「……あのね。……おトイレ、いきたいの」


 リアの可愛らしい内緒話に、私は思わず頬を緩めました。


「ああ……そっか。お手洗いね」


 私が小声で尋ねると、リアはコクンと頷き、恥ずかしそうに肩をすくめました。なんて可愛いんでしょう。こんな小さなレディの慎みを、私は微笑ましく思いました。


「ごめんね、気づかなくて。……一緒に行こうか?」


「ううん。お店の中だもん、へいき」


 リアは椅子から飛び降りると、小走りで店の奥にある化粧室へと向かっていきました。


「ふふっ、可愛い……」


 私は小さい後ろ姿を見送りながら、カップに残った紅茶を飲み干しました。店内は明るく、店員さんの目もあります。ここなら安全でしょう。

 そう。ここなら安全だと、油断していました。この街が「強欲」の坩堝(るつぼ)であり、輝くもの――黄金の瞳は、誰かの所有物として常に狙われている場所だということを、甘いパンケーキの味ですっかり忘れてしまっていたのです 。

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