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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
16章:『黄のカジノ(強欲)』

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第1節:『地下の不夜城』

荒野の地割れのような巨大な峡谷。その底に、光の坩堝(るつぼ)はありました。

 地下都市「オーラム・ヴァレー」。

 かつて金鉱山だった巨大な空洞を利用して作られた、この大陸で最も栄えている歓楽街だそうです。


 私たちは、騙し騙し走らせてきた「鉄の柩」を、街の入り口にある整備工場へ預けました。機関部は限界を迎えており、ヴェールさん曰く「部品の交換が終わるまで、最低でも二日はかかる」とのことでした。


「俺は工場のオヤジと値段交渉してくる。……足元を見られそうで癪だがな」


 ヴェールさんは帽子を目深に被り直し、整備士たちがたむろする薄暗い区画へと消えていきました。

 残された私とリアは、二人きりで街の大通りへと足を踏み入れました。


「……すごい」


 リアがぽかんと口を開けて、頭上を見上げました。

 そこには空がありません。代わりに、鍾乳洞のような岩盤の天井に、無数のライトが星空のように張り巡らされています。建物はどれも高く、螺旋状に地下深くへと伸びていました。壁面は金色のパイプや真鍮の装飾で覆われ、人工の光を反射してギラギラと輝いています。


 行き交う人々も、これまで見たどの街とも違いました。

 上層の回廊を歩くのは、色鮮やかなドレスやスーツを纏った人々。彼らは皆、精巧な仮面や色のついたメガネで顔を隠し、ジャラジャラと宝石を鳴らしながら優雅に笑い合っています。彼らは「色」を持てる者たち。富める者たちです。

 対して、私たちのいる下層の通りを歩くのは、灰色の服を着た労働者たち。彼らは一様に口を閉ざし、上層からのゴミや汚水を掃除しながら、影のように動いていました。


「マシロおねえちゃん、ここ、いい匂いがする」


「……ええ。甘い匂いね」


 風に乗って、焦がした砂糖とバターの香りが漂ってきました。錆とオイルの臭いしかしない車内とは大違いです。


「リア。お腹、空いた?」


 小さな身体に目線を合わせて尋ねると、リアは少し遠慮がちに、でも小さく頷きました。その額には、まだ新しいガーゼが貼られています。

 私は胸が締め付けられるような痛みを覚えながら、彼女の手を――あの日よりも少しだけ強く、握り返しました。


「行こう。今日は特別。……ヴェールさんには内緒で、美味しいもの、食べよっか」


「ほんと!?」


「うん。罪滅ぼし……ううん、快気祝いだね」


 私たちは甘い香りに誘われて、大通りに面した一軒のカフェに入りました。磨き上げられたガラスの扉。真鍮のドアノブ。店内に足を踏み入れると、ふかふかの絨毯が靴底を沈み込ませました。


「いらっしゃいませ。二名様ですか?」


 蝶ネクタイをした店員さんが、私たち――特に薄汚れた服を着た私を一瞬だけ値踏みするように見ました。その視線には、明らかに「支払い能力はあるのか?」という冷たい色が混じっています。


 私は、ヴェールさんが以前やっていた仕草を思い出しました。彼はこういう時、いつも気怠そうにポケットを探り、相手に見せつけるようにしていたはずです。


(えっと、こう……かな?)


 私はポケットから、ヴェールさんから預かっていた「コイン」の入った袋を取り出しました。中から一番大きくて、綺麗そうな銀貨をつまみ出します。ヴェールさんみたいに指先で弾くことはできません。だから、少しぎこちなく、店員さんの目の前に突き出してみました。


「……席、ある?」


 精一杯、偉そうなフリをしてみました。店員さんは銀貨を見た瞬間、パッと表情を明るく変えました。


「おや、失礼いたしました! どうぞ、奥のボックス席へ!」


 ……よかった。通じました。お金というのは、すごい魔法なんですね。


 リアが私に笑顔で、小さく親指を立てました。

 私も真似して、こっそり親指を立てました。


 案内されたのは、店の一番奥にある革張りのソファ席でした。私はメニューを開きました。そこに並んでいるのは、固形保存食ブロックや缶詰ではありません。

 卵、小麦粉、牛乳、そして蜂蜜。宝石と同じくらい価値のある「生きた食材」を使った料理の数々。


「わぁ……! これ、なに? きいろくて、ふわふわしてる!」


 リアがメニューの一点を指差して、瞳を輝かせました。それは、三段重ねのパンケーキでした。たっぷりのクリームと、とろりとした黄金色の蜂蜜がかかっています。


「『天使の黄金(ゴールデン)パンケーキ』……だって」


 値段を見ても私には良くわかりません。このゼロの並びが、上質なオイル一滴分なのか、木箱ひとつ分なのか、私には見当もつかないのです。ヴェールさんが見たら「ふざけんな」と卒倒するような金額なのかもしれません。


 でも、私は迷わず店員さんを呼び止めました。


「これを一つ。……あと、一番甘いミルクティーも」


 ツンとした態度で大人の余裕を演じます。リアを不安にさせてはいけない。今は、お金よりも大切なことがあるのです。怯えていたリアの顔に、もう一度、無邪気な笑顔を取り戻す。そのためなら、有り金全部を使ったって構わない。そう思ったのです。

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