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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
13章:『灰の海、くろがねの棺』

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第2節:『凍てつく別れと、残酷な宣告』

「……やっぱり、そうなんですね」


 私は、驚くことも、泣き叫ぶこともしませんでした。ただ、胸の奥にあった冷たい靄が、すっと晴れたような気がしました。


(記憶がないのも、痛みや恐怖に鈍いのも……私が人間として不完全だから)


「……否定しないのかい?」


 ヴィオラさんが、眉をひそめて私を見ました。普通の少女なら、自分が人間じゃないと言われたら泣き出すところでしょう。


「はい。……薄々は、分かっていましたから。私には『過去』も『自分』もありません。あるのは、アイゼンを直したいという『機能』だけです」


 私は、自分の右腕――黒く変色した「フィルター」をそっと撫でました。


「なら、好都合です。この体が『道具』なら……壊れるまで使い潰しても、誰も悲しまない」


「……っ、この馬鹿娘が」


 ヴィオラさんが、忌々しそうに舌打ちをしました。


「自分を勘定に入れない計算をするな。……見ていて胸糞が悪い」


「お前は『色』という猛毒を濾過(ろか)するフィルターだ。能力を使うたびにフィルターが目詰まりを起こし、内側から腐っていく。……いいかい、マシロ。この黒が鎖骨を越え、心臓に達した時が、お前の最期だ」


「最期、とは……死ぬということですか?」


「人間の形を保てなくなる。砂になって崩れ落ちるか、あるいは自我を失った『色の化物』に成り果てるか。……どちらにせよ、助かる見込みはない」


 心臓。

 私は無意識に、自分の胸に手を当てました。あと、数十センチ。それが、私の命に残された猶予。


「……ヴィオラさん。教えてください。母様(かあさま)は……カルミナは、この力で世界を救ったんじゃないんですか?」


「救済? ハッ、笑わせるね」


 ヴィオラさんは鼻で笑いました。


「あれは『癒やし』なんて優しいもんじゃない。**『管理』と『改竄(かいざん)』**だ」


改竄(かいざん)……」


「他者の色(命)を奪い、別の場所に塗りたくる。あるいは自分の色を分け与えて、相手を自分の意のままに作り変える。……あれは、世界を自分好みの色に塗り潰す、侵略者の力だ」


 彼女は、私の目を真っ直ぐに射抜きました。


「お前がやろうとしていることは、それと同じだ。アイゼンを治すために、お前は世界中から色を奪い、自分の命を削って注ぎ込む。……それは『愛』に見えるかもしれないが、客観的に見れば『狂気』だ」


 ヴィオラさんは一歩近づき、私の顔を覗き込みました。


「それでも、行くのかい? その鉄屑(アイゼン)を治すためだけに、自分を使い潰すのか?」


 工房に、冷却ファンの低い駆動音だけが響きます。私は、ガラスの向こうで眠るアイゼンを見ました。そして、震える手で自分の右腕を――呪われた「侵略者の腕」を、強く握りしめました。


 怖くないと言えば嘘になります。自分が母様(かあさま)と同じ怪物になってしまうかもしれない恐怖。もう二度と、アイゼンの声を聞けなくなるかもしれない恐怖。


 でも。


「……はい。行きます」


 私は顔を上げました。


「アイゼンがいない世界で、ただ怯えて長生きするくらいなら……私は、彼を治して、一秒でも長く隣にいたい」


「……そうか」


 ヴィオラさんは短く息を吐き、少しだけ口角を緩めました。


「なら、好きにしな。……馬鹿な娘ほど、手がかかるもんだ」


 ―――


「……湿っぽいのは趣味じゃないわ。さっさと行きなさい」


 ヴィオラさんが、顎で出口をしゃくりました。工房の奥にある、巨大な防爆扉。その向こうが「外」です。彼女は私の方を見ず、キーボードを叩き続けています。けれど、その背中が「必ず守り抜く」と語っているように見えました。


「ヴィオラさん。……お願いします」


「勘違いしないで。これは私の興味リサーチのためよ。……死んでこい、とは言わないわ。足掻いてきなさい」


 それが、彼女なりの激励でした。

 私は深く頭を下げ、再び装甲車へと乗り込みました。


「おう、出迎えご苦労さん。……じゃあな、ババア」


 運転席でハンドルを握るヴェールさんが、短く片手を上げます。ヴィオラさんは振り返らず、煙草の煙をふっと空中に吐き出しました。


 バン! と重い扉を閉めます。


 今度こそ、本当のお別れです。隣にはヴェールさん。後ろにはリア。


 けれど、一番大きな席だけが、ぽっかりと空いていました。

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