第5節:愛ある追放(ロジカル・パージ)
「……なら、私が終わらせる!」
ヴィオラは懐から「論理鍵」を取り出した。塔の全機能を強制停止させるための、最後の切り札だ。
「この鍵で純正炉を止める! 姉さんを殺してでも、私は人間の尊厳を守る!」
ヴィオラが鍵をコンソールに叩き込もうとした、その瞬間。
『――残念ね、ヴィオラ』
声は、口からではなく、部屋中のスピーカーから響いた。
床が、生き物のように隆起した。
「なっ!?」
ヴィオラの体が宙に浮く。重力制御が書き換えられたのだ。
壁が開き、ダストシュートのような黒い穴が口を開ける。その先には、灰色の荒野が見えた。
『あなたは「外」が好きでしょう? そんなに自由がいいなら、あげるわ』
「やめろ、姉さん! 私がいなくなったら、誰がこの塔のメンテナンスをするの!?」
『私がやるわ。……さようなら、可哀想な妹。外の世界で、自由に死になさい』
強烈な風圧がヴィオラを叩き出した。
「あああああッ!」
荒野へと放り出されるヴィオラ。
遠ざかる塔の窓から、機械と一体化した姉が、悲しげに、けれど優しく手を振っているのが見えた。
ドォォン……!
重たい音と共に、塔のゲートが完全に閉ざされる。
ヴィオラの手には、まだ「論理鍵」が握られていた。
「……は、はは」
砂塗れになりながら、ヴィオラは乾いた笑い声を上げた。
「馬鹿な姉さん……。私を追い出したせいで、あなたは永遠に『鍵』を失った。……これでもう、あなたは純正炉をフル稼働させることはできない」
ヴィオラは確信していた。
自分が鍵を持ち出したことで、姉の計画は不完全なまま凍結されたのだと。
――けれど、彼女は知らなかった。
閉ざされた扉の向こうで、カルミナが既に「次」の狂気を計算し始めていたことを。
『鍵がないなら、作ればいい』
『私の言うことを聞く鍵じゃダメ。それではエネルギーが足りない』
『自らの意志で、私と一つになりたがる……そんな、愛に飢えた新しい鍵を育てましょう』
培養槽の中で、最初の泥人形が産声を上げる。
それは、300年後の悲劇――マシロという名の生贄が生まれる、最初の瞬間だった。
幕間: 「灰色の楽園、あかの独房」 完




