第5節:『氷の棺と、再会の約束』
リフトがゆっくりと下降を始めました。
鎖の擦れる音。重力に抗う機械の唸り。
私は、凍りついた揺籃に触れたまま、塔の底へ降りていきます。
やがて辿り着いたのは、巨大な半円形の格納庫でした。
朽ちた鉄骨。崩れかけたクレーン。
そして、分厚い防塵幕に覆われた、ひとつの影。
『……覚えているかしら。三百年前、私は塔の外壁調査用に装甲車を一台組んだの』
ヴィオラさんの声が、わずかに誇らしげに響きました。
『姉さんは「無駄」と言ったけれどね。私は外の世界をもっと見て回りたかった』
防塵幕が、自動巻き上げ機構でゆっくりと持ち上がります。
現れたのは、錆びついた鉄の塊。戦車の砲塔を外し、無理やり居住区画を増設したような歪な箱。塗装は剥げ落ち、側面には焼き印。
――VIOLA。
『塔の下層ネットワークは、まだ私の裏鍵が生きている。今、遠隔で起動したわ。三百年ぶりだけれど、機嫌は悪くなさそうよ』
低く、獣のようなエンジン音が響きました。
ずっと、ここにあったのだ。
外へ出るために作られた機械が。
誰かが「外を見たい」と願った証が。
重機用クレーンが軋みながら動き、氷の棺を持ち上げます。装甲車の後部には、まるで彼のためにあつらえたような、頑丈な固定台がありました。
「……行きましょう、アイゼン」
誰に言ったのか分からないまま、私は呟きました。
「今度は、私が運びます。……あなたの眠る場所まで」
揺籃ごと凍結されたアイゼンが、装甲車の後部固定台にゆっくりと収まります。金具が締まり、氷と鉄が噛み合う音がしました。
『工房まで自動誘導するわ。そこで彼を降ろし、完全凍結層へ安置する』
『マシロ。これは応急処置。工房で遮断層に入れなければ、本当に守れない』
「分かっています」
私は最後に、氷越しに額を押し当てました。
冷たい。
でも、これは終わりの温度ではありません。
エンジンが唸りを上げ、巨大なタイヤが瓦礫を踏み砕いて回り始めます。目指すは、塔の外れにある工房。そしてその先に広がる、灰色の荒野。
私たちは走り出しました。背中の重み(アイゼン)を一度預け、本当の重み(7色)を背負うために。
塔の出口から差し込む白い光が、私たちの視界を真っ白に染め上げていきました。
第12章 「三つの鍵と、一人の魔女」 完
第一部 「灰色の檻」 完




