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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
12章:『三つの鍵と、一人の魔女』

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第4節:『私が私でなくなるとしても』

 私は、揺籃(クレイドル)の中で眠るアイゼンを見上げました。

 動かない巨体。錆びついた装甲。彼が私をここまで運んでくれた。命を削って、私を守ってくれた。


『……マシロ、聞いて』


 ヴィオラさんの声が、静かに、けれど真剣なトーンで響きました。


『私は、あなたに「行け」とは言えない。これは自殺志願と同じよ。7色を集めきった時、あなたの自我が残っている保証はどこにもない』


 彼女は技術者として、冷徹な事実を突きつけます。


『それに、アイゼンは……言いたくないけれど、元は量産型の建設機械よ。代わりのボディなら、私がいくらでも用意できる。記憶データだって、不完全だけど移せるかもしれない』


「……いいえ」


 私は即答しかけて、言葉を飲み込みました。


 ――自我が消える。


 その言葉が、重くのしかかります。

 私が消えたら、誰がリアを守るの? 誰がアイゼンの名前を呼ぶの?

 怖い。消えたくない。まだ、みんなと一緒にいたい。

 けれど、視界の端で、アイゼンの指先が微かに震えたような気がしました。

 私を瓦礫の下から見つけ出し、不器用な手で抱き上げ、ここまで連れてきてくれたのは、世界でたった一人。この「アイゼン」だけ。

 代わりの身体? そんなものはアイゼンじゃない。


「……ヴィオラさん。アイゼンが特別なのは、性能じゃありません。……彼が、私を『マシロ』にしてくれたからです」


 そう信じたかった。

 私の愛が、彼を特別にしたのだと。

 そして彼もまた、私の愛に応えて「心」を宿してくれた。

 ならば、その心を救うために、私の心を差し出すことに何のためらいがあるでしょう。


「……私が誰になっても、構いません」


 恐怖を飲み込み、私は告げました。


「彼を救えるなら――『マシロ』が消えて、『イリス』になっても」


「彼が、目を覚ましてくれるなら。それでいい」


 ヴィオラさんが、深く息を吐きました。映像盤の向こうで、彼女は観念したように、けれどどこか誇らしげに微笑みました。


『……ええ、そうね。あなたがそう言うなら、私も腹を括るわ。この300年、私はずっと待っていたのよ。姉さんの狂ったプログラムに対抗できる、「仕様外のバグ」を持つ者が現れるのを』


 ヴィオラさんはモノクルを装着し直し、技術者の顔に戻りました。キーボードを叩く音が、小気味よいリズムで響き始めます。


『アイゼンの機体維持は任せて。純正炉は動かせないけれど、揺籃(クレイドル)の凍結機能なら私の論理鍵で制御できる。彼を絶対零度の「時間停止」状態に封じ込めるわ』


 プシューッ、と揺籃(クレイドル)が白い冷気に包まれ始めました。

 アイゼンの巨体が、氷の棺の中へと沈んでいきます。


『ただし、期限があるわ』


 ヴィオラさんが釘を刺します。


『この凍結機能は、塔の予備電源を不正に食い潰して維持する。保っても、せいぜい4ヶ月が限界よ。それ以上は、彼の魂定着層が寒さに耐えきれず崩壊する』


「4ヶ月……」


『ええ。それまでに7色を集めて戻ってきなさい。……できるわね?』


 私は頷き、氷漬けになったアイゼンの装甲に、額を押し当てました。


 冷たい。でも、この冷たさは「死」ではありません。「待っている」という約束の温度です。


『勝算はあるわ』


 ヴィオラさんが、ちらりとリアに視線を向けます。


『生体鍵(アクセス権)はあなたも持っている。でも、7色を結晶として掴めるのは、血族の自由意志だけなの』


「……ヴィオラさん?」


『さっきの認証、不思議だったのよ。なぜ私の権限で弾かれたバイオ・キーが通ったのか。……あなた(イリス)のIDが生きていたからだと思っていたけれど』


 ヴィオラさんは、確信を込めてリアを見つめました。


『違ったわ。……そっちの小さな「スペアキー」が反応していたのね』


「え?」(……リアが? そんなはず――」


 私がリアを見ると、彼女はきょとんとして首を傾げました。


「つまりそのチビ……あいつの“身内”か?」


 ヴェールさんが目を見開きます。


『ええ。その黄金の瞳は、隔世遺伝で発現した姉さん(カルミナ)の血の証。……まさか。300年前に外界に置き去りにされた「忘れられた血脈ロスト・リネージュ」の末裔が、あなたの隣にいただなんてね』


 ヴィオラさんは不敵に笑いました。


『いいわ、マシロ。あなたのその狂気じみた執着に賭けましょう。……行ってきなさい。そして、世界中から色を奪い取って、姉さんの鼻を明かしてやるのよ』


 私は振り返りました。

 後ろには、不安そうに私を見るリアと、呆れながらも短剣を構え直すヴェールさんがいます。


 塔の底から、世界へ。

 私の、そして私たちの、本当の絶望と希望の旅が始まろうとしていました。

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