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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
12章:『三つの鍵と、一人の魔女』

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第3節:始まりの御伽噺(おとぎばなし)

 通信機の向こうで、ヴィオラさんがゆっくりと眼鏡モノクルを外しました。その瞳は、私やヴェールさんを通り越し、遥か彼方――私たちが生まれるずっと前の、灰に埋もれた時間を見つめているようでした。


「……座りなさい。少し、長い話になるわ」


 彼女の声から、いつもの硬質な響きが消えていました。


「これから話すのは、塔の歴史であり……私が犯した、取り返しのつかない罪の告白よ」


 工場の中に満ちていた駆動音が、波が引くように静まり返ります。ヴィオラさんは、静かに、まるで幼い子供に古い絵本を読み聞かせるような口調で、語り始めました。



 ――昔々。まだ世界に色が溢れていた頃。人間たちは、その色を「魔法」と呼び、湯水のように使い続けました。

 赤で炎を焚き、青で水を操り、金で富を築く。色はあまりに便利で、美しかった。だから人間たちは、もっと多くを求めて互いに色を奪い合い、大地を焼き、空を汚し……最後の一滴まで絞り尽くしてしまいました。

 それが、世界の終わりの始まり。「大脱色」と呼ばれる病が世界を襲い、色を失った大地は、さらさらと砂になって崩れ落ちていきました。


 そんな絶望の中で立ち上がったのが、二人の仲の良い魔女の姉妹でした。

 姉は、誰よりも深く人間を愛する『赤の魔女』。

 妹は、誰よりも正しく世界を設計する『紫の魔女』。


 二人は協力し、天を衝く巨大な「塔」を作りました。それは、残された色を吸い上げ、ガラス瓶に詰めて嵐が過ぎるのを待つための、巨大な箱舟でした。

 計画は成功し、世界は灰色の眠りにつきましたが、人類は生き延びました。

 やがて嵐が過ぎた頃。妹は言いました。


『さあ、もう大丈夫。人間に色を返して、未来を作らせてあげましょう』


 けれど、姉は首を横に振りました。


『人間は愚かだから、返せばまた使い果たすわ。私が永遠に管理し、少しずつ与え、飼い殺すのが一番の幸せよ』


 姉の愛は、いつしか「支配」という名の毒に変わっていたのです。

 二人は争い――そして、妹は塔から突き落とされました。塔は「箱舟」から「檻」へと書き換えられ、姉はたった一人の、永遠の支配者(カルミナ)となりました。


 けれど、支配者にも悩みがありました。彼女の肉体には、寿命があったのです。老いさらばえ、やがて死んでしまえば、愛する人間たちを管理できなくなる。

 そこで彼女は、恐ろしい計画を立てました。


『新しい、完璧な肉体を作ろう』


『そこに、世界で一番美しい7つの色を詰め込んで、私自身を移し替えよう』


 彼女は世界中から、最も純度の高い7つの色――赤、橙、黄、緑、青、藍、紫――を奪い取り、自らの手元に封印しました。そして、その強大なエネルギーに耐えられる「器」を作るために、300年もの間、泥と鉄をね続けました。

 何千、何万という人形が作られ、壊れ、捨てられました。そうして十数年前。ようやく、たった一体だけ。7色の輝きに耐えうる、白磁のように美しい「最高傑作」が焼き上がったのです。



「……それが、プロジェクト・女神(イリス)


 ヴィオラさんの声が、現実へと戻ってきました。けれど、その言葉の余韻は、鉛のように私の胸に沈殿しています。


「そして、『世界で一番美しい7つの色』こそが……いま世界に散らばった、7色の結晶よ」


 点と線が、残酷なほど鮮やかに繋がりました。なぜ私が作られたのか。なぜ私の中に7色が入っていたのか。なぜ、カルミナが私を「イリス」と呼び、執着するのか。


 私は、世界を救う勇者でも、選ばれた魔法使いでもありませんでした。私は、カルミナが新しい神になるための「着替え」として用意された、中身のない空っぽの服だったのです。


「300年間、姉さんは失敗作を作り続けた。……そしてあなたが完成した時、姉さんは狂喜したわ」


 ヴィオラさんが、悲痛な面持ちで私を見つめます。


「姉さんは300年かけてろ過した7色を、あなたの中に注ぎ込んだ。あとは仕上げに、純正炉で『自分の魂』をあなたに重ねるだけだったのに――」


「私が、落ちた」


「ええ。事故か、それとも運命か。……とにかくあなたは塔から落ちて、器にヒビが入った。中の7色は逃げ出し、元の古巣(世界)へ帰っていった」


「皮肉な話よね。……でも、姉さんは諦めていない。むしろ、好都合だと考えているわ」


「好都合……?」


「無理やり詰め込むよりも、あなたが『愛する者を助けたい』と願って、自分の意思で7色を集めれば……色はより強く器に定着する。最高の状態で融合できると信じているのよ」


 私は、自分の手のひらを見つめました。黒く炭化した右腕。これもまた、私が「器」として機能するための、ただの通過点に過ぎないというのでしょうか。


「マシロ。純正炉に行けば、アイゼンは直る。でもそれは、あなたが『イリス』として完成し、姉さんに体を明け渡すことを意味する」


 ヴィオラさんの問いかけが、工場の冷たい空気に響きました。


「アイゼンを助けるということは、あなた自身が消滅して、この世界の永遠の支配者が誕生するということ。……それでも、行くの?」

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