第2節:『魔女の地図と、七つの呪い』
「え……?」
私の体の中に、入っていた?
「……推測だけど、間違いないわ」
ヴィオラさんが、自分に言い聞かせるように頷きました。
「姉さんの考えそうなことよ。それに、塔のデータはずっと監視していたから、辻褄が合う」
『姉さんは世界から奪った7つの感情を、あなたという器に「祝福」として注ぎ込んでいた。でも、あの墜落事故で器にヒビが入り……中身がすべて飛び散ってしまった』
『今のあなたは、中身のない硝子細工。IDは持っているけれど、肝心のバッテリーが空っぽの状態よ』
その時でした。
突然、通信回線に激しいノイズが走り、ヴィオラさんの声が遮断されました。伝声管から、あの甘く、背筋が凍るような声が割り込みます。
『――あら、ヴィオラ。相変わらず詰めが甘いわね』
『……姉さん!』
投影面のノイズが晴れ、そこには嘲笑うような光の揺らぎだけが表示されています。カルミナです。
『マシロ――いいえ、イリス。教えてあげるわ。あなたが落とした7色が、今どこにあるか』
カルミナの声と共に、強烈な閃光が走りました。
「……ッ、うぁ!」
私は両目を覆いました。視界ではなく、脳裏に直接、映像が焼き付けられます。
広大な荒野の地図。そこに、毒々しいほど鮮やかに輝く「7つの光点」が楔のように打ち込まれていく感覚。
鉄錆の眠る廃墟の底に「赤」。沈んだ図書館の冷たい水底に「青」。腐り落ちた樹海の奥深くに「緑」……。
『見えたでしょう? それが、あなたの失くしもの』
カルミナの声が、脳内に直接響きます。
『あれは300年前、私が世界から奪い、封印したもの。……それを300年かけてろ過して、あなたの身体に少しずつ移し替えていたのよ。なのに、あの墜落で器が割れて、中身がまた世界中の「元の場所」へ逃げ帰ってしまった。……本当に、手のかかる子ね』
頭痛と共に焼き付いた地図データは、瞬きをしても消えません。
私たちが命がけで越えてきた砂漠や廃墟。それを、もう一度? 今度は世界中を?
「……どうして」
私は、震える声で尋ねました。
「そんなに大事なものなら、どうして回収しなかったんですか? あなたの力なら、すぐに集められたはずです」
『あら、私が取りに行っても意味がないのよ』
カルミナは、駄々っ子を諭すように言いました。
『その結晶には、面倒な“条件”をかけてあるの。カルミナの血を引く者が、自らの意志(自由意志)で触れない限り、決して実体化しない。……命令されただけの人形(騎士)や、塔から動けない私には、決して掴めない果実なのよ』
そこまで言って、ヴィオラさんがハッとしたように息を呑みました。
『そうか……姉さん、あなたは最初から“二重”に縛っていたのね』
『私には論理鍵しか渡さないことで、単独での起動を封じる。そして結晶(燃料)には“自由意志”という呪いをかけて、命令で動く部下には回収させない。……誰も、あなたの許可なく純正炉を使えないように』
『ええ、そうよ。完璧なセキュリティでしょう?』
カルミナが愉しげに笑います。
『でも、嬉しい誤算だったわ。300年間、失敗作を作り続けて……十数年前にようやく完成した最高傑作が、まさか自分の足で外に出ていくなんて』
『無理やり行かせても意味がない。……でも、今のあの子には「動機」があるでしょう?』
カルミナの甘い声が、私の耳元で囁くように響きました。
『アイゼンを助けたい。その壊れた鉄屑を愛している――その「強い願い」こそが、封印を解く唯一の鍵。……皮肉よね? あなたが彼を愛すれば愛するほど、私の望む「完全な器」へと近づいていくのだから』
『イリス。あなたが7色を集める旅は、ただの「お使い」じゃない。私の愛を受け入れるための、最後の調理よ』
『赤の怒りを、青の哀しみを、黄の欲望を――全ての色を「経験」し、その身に取り込みなさい。……そして7色が揃った瞬間、あなたは「完成」する』
「完成……?」
『ええ。7色を統合した完璧な神の器として。そうすれば、もう二度と離れ離れにはならない。あなたの小さな自我は消え、私と溶け合い、塔の心臓として一つになるの。……素晴らしいでしょう?』
心臓を、冷たい手で握りつぶされたような感覚でした。
7色を集めれば、純正炉が動き、アイゼンは助かる。
けれど、それは私が私でなくなり、彼女の一部として飲み込まれることを意味していました。それは死よりも恐ろしい、永遠の消失。
『さあ、選びなさい。私の可愛いイリス。そこで壊れた玩具と一緒に朽ち果てるか。それとも、私の愛を受け入れて(ひとつになって)……その子を直すか』
ブツン、と通信が切れました。
残されたのは、絶望的な沈黙と、網膜に焼き付いた7つの光点だけ。
「……最悪だ」
ヴェールさんが呻くように言いました。
「完全に掌の上じゃねえか。行けば思う壺、行かなきゃ終わり。……どうすんだよ、これ」




