第2節:『命の火葬場』
私たちは、その墓場のように静かな大通りを歩き始めました。空調が管理されているのか、肌に触れる空気は適温に保たれています。けれど、私の体は先ほどから小刻みな震えを止めることができませんでした。寒さのせいではありません。この街が発する、徹底した「拒絶」の気配が肌を刺すのです。
「……ッ、クソ。寒気が止まんねぇな」
ヴェールさんが、革のジャケットを掻き合わせながら悪態をつきました。その顔色は、この街の住人たちに負けないほど青白く、目の下の隈が一層濃く浮き出ているように見えます。
「大丈夫ですか、ヴェールさん」
「あぁ? 平気だと言いたいとこだがな……ここは最悪だ。俺の身体が『ここには食い物がない』って悲鳴を上げてやがる」
彼は忌々しげに、道端に植えられた街路樹――精巧な灰色の造花を靴先で蹴りました。カツン、と硬質な音が響くだけで、花弁が散ることさえありません。
「色漏症にとって、ここは真空地帯と同じだ。奪おうにも、奴らの中身はスッカラカンだしな。……長居したら、俺まで干からびちまう」
短剣の柄をカチカチと鳴らすヴェールさんの横顔には、死への焦燥が張り付いていました。この清潔すぎる街は、彼のような「生」に飢えた人間にとっては、ただの処刑場でしかないのでしょう。
ふいに、リアが私の手を強く握り返してきました。彼女は、通り過ぎる別の住人たちを凝視しています。ベンチに座る老人も、花壇を手入れする女性も、皆一様に口元に穏やかな笑みを浮かべていました。けれど――。
「……わらってるのに、うれしくない」
リアが怯えたように呟きました。
「あの人たち、みんな同じかおしてる。……まるで、かめんをつけてるみたい」
見てはいけないものを見た気がして、私は視線を逸らしました。先ほどの清掃員が箒を掃いた場所。そこだけ、ただでさえ灰色の舗装路が、さらに「色」を吸い取られたように真っ白に変色していました。この街は生きているのではありません。塔に色を捧げ、残り滓のような安寧を貪っているだけなのです。
「アイゼン、とまって。……とまってー」
たまらなくなったのか、リアがアイゼンの太い脚部にしがみつきました。自分の背丈よりも高いアイゼンの膝装甲に、ぺたりと頬を押し付けています。
「どうしたの、リア?」
「だって、ここ、つまんないんだもん。みんな、はいいろで、だれもわらわないし、お店やさんだってないよ」
リアは頬を膨らませて、アイゼンの錆びた装甲を小さく叩きました。
「ねえ、アイゼン。アイゼンは、灰色にならないでね。リア、灰色はイヤだよ。アイゼンのさびた色のほうが、ずっとかっこいいもん」
彼女なりの、精一杯の強がりと甘え。アイゼンは歩みを止めると、その巨大な鉄の掌を、ゆっくりとリアの頭に降ろしました。ガシャリ、と武骨な音がしましたが、その動作は壊れ物を扱うように繊細なものでした。
銀灰色の髪を撫でられたリアが、「えへへ」と嬉しそうに笑います。その光景だけが、この凍りついた世界で唯一、体温を持っているようでした。
私はリアの隣に並び、黒い結晶に侵食された右手を、アイゼンの腕にそっと添えました。分厚い革手袋と、冷たい鉄の装甲。本来なら、温もりなど伝わるはずのない組み合わせ。触覚さえも泥の中に沈んだように鈍くなっていました。
けれど――不思議です。そこにある確かな「硬さ」が、私の震えを止めてくれました。
(……温かい)
物理的な温度ではありません。けれど、彼がここにいる。私が守るべき、そして私を守ってくれる彼が、確かにここに立っている。その事実だけで、凍りついていた心臓が再び脈打ち始めるのを感じました。
「行きましょう。……この街を抜けて、純正炉へ」
私が顔を上げると、アイゼンの瞳が、一瞬だけ穏やかな蒼色に明滅しました。それが、彼の返事でした。




