第3節:『鉄の心臓』
その光景は、何の前触れもなく現れました。整然とした灰色の街並みが、定規で線を引いたように唐突に途切れ、その先に鎮座していたのは、圧倒的な質量を持つ「鉄の塊」でした。
見上げるほどの巨大な壁。そこからは太い血管のようなパイプが何本も伸び、街の地面へと突き刺さっています。ドクン、ドクン、と巨人が地底で眠っているかのような規則正しい脈動が、足裏から伝わってきました。
扉の隙間から見えたのは、赤黒く燃え盛る巨大な心臓のような炉でした。
『――見なさい。あれが精製炉』
ヴィオラさんの声には、嫌悪と、苦い後悔が混ざっているように聞こえました。
『街中の色を吸い上げ、塔の動力源となる「黄金色」を作り出す搾取装置よ。姉さんの支配の象徴ね』
「じゃあ、アイゼンを直す場所は……」
『もっと奥。……精製炉のさらに深層にあるわ』
私たちは、施設の深部へと続く重厚な扉の前に立ちました。高さはアイゼンの倍以上。分厚い装甲板が幾重にも重なり、中央には「眼」の形をしたガラス質のパネルが埋め込まれていました。その無機質な瞳は、私たちの価値を値踏みしているかのように、冷たく光を反射しています。
「……おい、これどうやって開けるんだ? 爆破するか?」
『野蛮な真似はやめて。私の認証コードは姉さんに剥奪されているわ。……ここから先は、正規の鍵が必要よ』
「鍵?」
『リア』
名を呼ばれ、私の後ろに隠れていたリアがびくりと肩を震わせました。
『前に出て、そのパネルに触れてみなさい。大丈夫、痛いことは何もないわ』
「……こわい、よ」
リアの小さな背中を、私はそっと押しました。
「大丈夫。私がここにいるから」
「……うん」
リアはおずおずと進み、冷たいガラスパネルに小さな掌を押し当てました。その瞬間、パネルの奥から黄金色の光が溢れ出しました。光はリアの瞳の色と呼応するように輝きを増し、扉の表面に走る幾何学模様を瞬く間に満たしていきます。
『――認証確認。第二鍵、承認』
感情のない機械音声が頭上から降ると同時に、地響きのような音が鳴り響きました。プシューッ、と白い蒸気を吐き出しながら、巨大な鉄の扉が左右へ開き始めます。そこから吹き付けてきたのは、油と熱、そしてどこか「血」に似た鉄錆の匂いが混じった、生々しい空気でした。
「うわ、あっつ……」
ヴェールさんが顔をしかめ、リアが私の元へ駆け戻ってきます。開かれた闇の奥には、天井の見えない広大な空間が広がっていました。無数の機械腕が垂れ下がり、その中心――遥か彼方には、天を衝くように聳え立つ、青白い光の「柱」が見えました。それは地下から伸び、遥か頭上の天井を突き抜けて、塔の最上階まで続いているようです。
『ようこそ』
『あれが「純正炉」の基部。……塔の最上階にある本体まで、血管のように繋がっている魂の循環機関よ』
ヴィオラさんが静かに告げます。
『そして……かつて私が人類の希望として夢見て――今は姉さんの悪夢に変わってしまった場所』




