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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
11章:『無色の幸福(モノクローム・ハピネス)』

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第1節:『清潔な地獄』

ピィン、という乾いた電子音が一つだけ鳴り、その巨大な鉄の塊は背を向けました。床を砕いた重量など嘘のように、多脚戦車は滑らかに、そして無機質に闇の奥へと消えていきます。後に残されたのは、舞い上がった灰色の粉塵と、耳が痛くなるほどの静寂だけでした。


「……おい、マジかよ」


 ヴェールさんの声が、広いホールに反響します。彼は短剣を構えたまま、戦車が消えた暗闇を食い入るように睨みつけていました。


「見逃された……って解釈でいいのか? あのデカブツ、俺たちを『廃棄対象』って呼んでたはずだろ」


『ええ。普通ならあり得ないわ』


 通信機越しのヴィオラさんの声も、硬く緊張していました。


『あの機体は、中層防衛の要。発見即排除が基本原則よ。それが「報告受理」の一言で停止した……。考えられる理由は一つしかないわ』


「……カルミナ」


 私がその名前を口にすると、背後のアイゼンが、ごとり、と重い足音を立てました。まるで、その名前の主がもたらす不吉な予感に同意するかのように。


『姉さんが、あなたたちを招いている。あるいは――どこまで足掻けるか、高みの見物を決め込んだか』


 最悪の招待状です。けれど、私たちに退路はありません。


「行きましょう。……どのみち、純正炉はこの先にあるんですよね」


 私は、右手を強く握り締めました。分厚い革手袋越しに爪が食い込む感触があるはずなのに、今の私には、それが遠い国の出来事のように鈍くしか感じられません。右腕の黒い結晶は、もう肘のあたりまで根を張り、私の感覚を侵食していました。

 恐怖を押し殺すように息を吐き、私はアイゼンの背中に隠れていたリアの手を取りました。


「大丈夫よ、リア。アイゼンも一緒だから」


「……うん。でも、マシロおねえちゃん」


 リアは、その大きな黄金(おうごん)色の瞳を不安げに揺らしながら、周囲を見渡しました。


「ここ、変な匂いがする」


「匂い?」


「ううん、違うの。匂いが『ない』の。ゴミの匂いもしないけど、お日様の匂いもしない。……まるで、誰も生きてないみたい」


 リアの言葉は、恐ろしいほどに本質を射抜いていました。

 ヴィオラさんが言っていた「昇降機」の重厚な扉をこじ開け、一つ上の階層へ足を踏み入れた瞬間――。視界が、灰色一色に染まりました。

 そこは、街でした。かつて私たちがいたゴミ捨て場のような無秩序な場所ではありません。整然と区画整理された道路。同じ高さ、同じ形状で並ぶ箱のような住居群。塵一つ落ちていない舗装路は、磨き上げられた墓石のように冷たく輝いています。

 けれど、色がありません。空も、建物も、街路樹らしき造花も。すべてが白と黒の濃淡だけで構成されていました。


「……なんだよ、ここ」


 ヴェールさんが口元を袖で覆いました。


「息が詰まりそうだ。腐臭がしねぇのに、今まで見たどんな場所より吐き気がする」


 その時でした。規則正しい足音が、通りの向こうから近づいてきました。

 現れたのは、数人の住人――いえ、かつて住人だった「もの」でしょうか。灰色の作業服を着た男性が、箒を持って歩いてきます。私たちは身構えましたが、彼は私たちに気づく様子もありません。

 私は息を呑み、アイゼンの背後に身を隠しながら様子を窺います。それは、清掃用の作業服を着た「人間」たちでした。彼らは一列に並び、手にした箒やモップで、黙々と地面を磨いています。

 けれど、その動きはあまりに機械的でした。一定のリズムで腕を動かし、一歩進み、また腕を動かす。互いに会話はなく、視線を交わすこともありません。彼らの顔は能面のように無表情で、その瞳は――。


「……目が、灰色だ」


 ヴェールさんが忌々しげに呟きます。彼らの瞳には光がありませんでした。濁ったガラス玉のような灰色。それは、彼らが自分の意思を持たない、塔の一部として機能している証拠です。


『"灰被り"か……』


『――見なさい。これが、塔の最下層。単色層モノクローム・レイヤー。思考と色彩を売り渡して、ただ呼吸するだけの幸福を手に入れた、灰被(はいかぶ)りたちの街よ』


 ヴィオラさんの声が、通信機越しに低く響きました。


『塔から配給される最低限の色だけで生きる連中だ。反逆もしないが、意思も持たない。……襲ってはこないよ。こちらから手を出さなければね』


「……家畜、ってことか」


 ヴェールさんが吐き捨てます。


『そういうこと』


 私は彼らの横を通り過ぎました。彼らは私たちに気づく素振りすら見せません。巨大なアイゼンが横を通っても、泥だらけの私たちが歩いても、ただひたすらに「床を磨く」という動作を繰り返しています。

 カサ、カサ、という乾いた掃除の音だけが、静寂の中に響いていました。敵意を向けられるよりも、無視されることのほうが、これほど恐ろしいとは。ここに在るのは平和ではなく、思考の停止した「静止」です。


「……行きましょう」


 私は足早にその場を離れました。背後から聞こえるカサ、カサ、という音。


――これが、私の未来なのでしょうか。


 部品として、色を使い果たした私は、あんな風に、灰色の瞳で、何も考えず、ただ動き続けるだけの存在になるのでしょうか。吐き気がこみ上げました。背後から聞こえる音が、いつまでも耳に残って離れませんでした。

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