第3節:聖女の掌
灰色の並木道を抜けると、広大なホールのような空間に辿り着きました。
『そこが中層への昇降機だ』
ヴィオラさんの声。中央の操作盤だけが、微かに赤い明滅を繰り返しています。
『……待ちなさい。生体反応の登録を確認している。おそらく――』
その時でした。ピィィィン――。甲高い電子音が響き、操作盤の光が赤から黄色に変わりました。
『まずいわ。警備システムが起動する』
ヴィオラさんの警告と同時。ズゥン、と重い振動が走り、ホールの天井から何かが落下してきました。着地の衝撃で、灰色のタイルが砕け散ります。
舞い上がる粉塵の中から現れたのは、球体をベースにした、多脚戦車のようなシルエット。その中央にある単眼のカメラが、ギョロリと回転し、私たちを捉えました。
『警告。未登録の生体反応を検知』
合成音声が、冷たく響きます。
『及び、廃棄指定個体――登録名アルジェント、回収対象として確認。――上層部へ報告中』
「……ッ!」
『待て、マシロ』
ヴィオラさんの声が、通信機から鋭く響きました。
『アルジェントが検知された。姉さんに報告が行く』
私は左手でリアをアイゼンの背後へ押しやりました。ヴェールさんが舌打ちをして、短剣を抜きます。
その時でした。ピィィ――ン。
警備兵の単眼が、一瞬だけ黄色く明滅し――停止しました。
『……報告受理。当該個体保留、自律行動を許可。監視継続』
「……あ?」
ヴェールさんが眉をひそめます。攻撃態勢を解いた警備兵は、私たちを睨み据えたまま、微動だにしません。ただ、単眼のカメラだけが、ゆっくりと私たちを追い続けています。
『……変』
ヴィオラさんの声が、珍しく困惑を含んでいました。
『アルジェントは廃棄指定のはず。即座に破壊命令が出るはずなのに――』
沈黙。
『未登録の生体反応……? 塔の住人は全員、登録されている。外部から来た者なら、即座に排除される。なのに"監視継続"だと……?』
「どういうことだよ、ババア」
「エラーじゃない。……基本命令が、最上位権限で上書きされている」
『……姉さん。姉さんが、何かを確認したがっている』
ヴィオラさんの声が、低く響きました。
『アルジェントと一緒にいる"お前たち"を、だ。理由は分からない。だけど、姉さんが何も知らずに見逃すはずがない』
私は息を呑みました。背中を、冷たい視線が這い上がるような感覚。
『……マシロ、聞きなさい』
ヴィオラさんの声が、一段低くなりました。
『姉さんは、あんたたちを泳がせている。ここで止めるより、もっと奥へ――純正炉へ来させる方が、あいつにとって都合がいいからだ』
「つまり、俺たちは手のひらの上、ってわけか」
ヴェールさんが吐き捨てます。
『そういうこと。……引き返すなら、今のうちだよ』
私は、アイゼンの冷たい装甲に触れました。引き返す? それはできません。アイゼンを直すには、純正炉へ行くしかないのです。たとえそれが、罠だと分かっていても。
「……行きます」
私は、静かに答えました。
『……そう』
ヴィオラさんが、短冊く息を吐きました。
『なら、死ぬんじゃないよ。……部品が足りないなら、また拾ってきてあげるから』
通信が、プツリと途切れました。
警備兵の単眼が、私たちを追い続けています。アイゼンが一歩前に出ました。その背中が、私たちを庇うように広がります。低い駆動音。青い瞳が、敵を睨み据えました。
「……行きますよ、アイゼン」
私は左手で、彼の冷たい装甲に触れました。監視されている。待ち受けられている。それでも、前に進むしかありません。ここからは、塔の「管理」に抗う戦いです。
第10章 「単色層への招待状」 完




