第1節:炭化した右腕と、小さな美容師
廃棄区画の空気は、いつも錆とカビの匂いがします。旧式の警備兵たちを退け、私たちは瓦礫の山を背にして短い休息を取っていました。
「……随分と派手にやったな」
ヴェールさんが、私の右腕を横目で見ながら呆れたように吐き捨てます。袖をまくった私の右腕は、指先から肘まで黒い結晶に覆われていました。
「感覚はあるのか」
「……分厚い革手袋をしているみたいです。まだ動きますよ」
「『まだ』か。次やったら神経ごと焼き付くぞ」
ヴェールさんは脅しではなく、事実としてそう告げました。
私は答えず、息をつきます。乱れた髪が頬に張り付き、鬱陶しい。無意識に右手を顔へ持っていこうとして――止まりました。言うことを聞かない指が、空中でぎこちなく震えるだけです。自分の体なのに、まるで他人の義手を動かしているような、酷く鈍い感覚。
「――じっとしてて」
不意に、目の前に小さな影が落ちました。リアです。
「マシロおねえちゃん、そのまま」
リアは私の膝の間に入り込むと、背伸びをして手を伸ばしました。小さな掌が頬に触れ、服の袖口で私の顔についた泥を拭い始めます。
「……リア?」
「うごいちゃだめ。……髪、ボサボサだよ」
まるで小さなお母さんです。私は苦笑して、言われるままに身を任せました。
頬の汚れを落とすと、リアは私の髪に指を通します。絡まった銀髪を、少しずつ、丁寧に解いていく。プチ、と髪が引っかかるたびに、リアは「あ、ごめんね」と眉を下げ、私は「痛くないよ」と首を振ります。その繰り返しが、不思議と心地よい時間でした。
私の右腕は呪いのように重く、冷たいままです。けれど今、髪を梳かしてくれるリアの指先と、背後で守るアイゼンの影は、とろけるように温かいものでした。
「……きれいになった?」
しばらくして、リアが満足そうに手を離しました。私は左手で髪に触れます。少しだけマシになっていました。
「ええ。ありがとう、リア」
私が微笑むと、リアは照れくさそうに、けれど誇らしげに鼻を鳴らします。
「いつもマシロおねえちゃんがやってくれるから。……わたしだって、これくらいできるもん」
そう言って、彼女は私の動かしにくい右手に、そっと自分の手を重ねました。
「……いたくない?」
不安そうな上目遣い。私は首を横に振りました。
「痛くないわ。……あなたが無事でいてくれるなら、こんなの、ちっとも痛くない」
それは強がりではなく、本心でした。
「さて、お遊戯はそこまでだ」
ヴェールさんの声が、温かな空気を断ち切りました。
「休憩終わり。……次の隔壁までもう少しだ」
私は耳元の通信機を軽く押さえました。ノイズ混じりのヴィオラさんの声が、微かに聞こえます。
『――聞こえるかい? その隔壁を抜ければ、廃棄区画は終わりだ。塔の管理階層……単色層に入る』
私は立ち上がりました。アイゼンもまた、重厚な駆動音を響かせて身を起こします。右腕の感覚はまだ鈍いです。けれど、守るべき手は、しっかりと左手で握りしめました。
「行きましょう。色を取り戻しに」




