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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
10章:単色層への招待状

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第1節:炭化した右腕と、小さな美容師

 廃棄区画の空気は、いつも錆とカビの匂いがします。旧式の警備兵たちを退け、私たちは瓦礫の山を背にして短い休息を取っていました。


「……随分と派手にやったな」


 ヴェールさんが、私の右腕を横目で見ながら呆れたように吐き捨てます。袖をまくった私の右腕は、指先から肘まで黒い結晶に覆われていました。


「感覚はあるのか」


「……分厚い革手袋をしているみたいです。まだ動きますよ」


「『まだ』か。次やったら神経ごと焼き付くぞ」


 ヴェールさんは脅しではなく、事実としてそう告げました。

 私は答えず、息をつきます。乱れた髪が頬に張り付き、鬱陶しい。無意識に右手を顔へ持っていこうとして――止まりました。言うことを聞かない指が、空中でぎこちなく震えるだけです。自分の体なのに、まるで他人の義手を動かしているような、酷く鈍い感覚。


「――じっとしてて」


 不意に、目の前に小さな影が落ちました。リアです。


「マシロおねえちゃん、そのまま」


 リアは私の膝の間に入り込むと、背伸びをして手を伸ばしました。小さな掌が頬に触れ、服の袖口で私の顔についた泥を拭い始めます。


「……リア?」


「うごいちゃだめ。……髪、ボサボサだよ」


 まるで小さなお母さんです。私は苦笑して、言われるままに身を任せました。

 頬の汚れを落とすと、リアは私の髪に指を通します。絡まった銀髪(ぎんぱつ)を、少しずつ、丁寧に解いていく。プチ、と髪が引っかかるたびに、リアは「あ、ごめんね」と眉を下げ、私は「痛くないよ」と首を振ります。その繰り返しが、不思議と心地よい時間でした。

 私の右腕は呪いのように重く、冷たいままです。けれど今、髪を梳かしてくれるリアの指先と、背後で守るアイゼンの影は、とろけるように温かいものでした。


「……きれいになった?」


 しばらくして、リアが満足そうに手を離しました。私は左手で髪に触れます。少しだけマシになっていました。


「ええ。ありがとう、リア」


 私が微笑むと、リアは照れくさそうに、けれど誇らしげに鼻を鳴らします。


「いつもマシロおねえちゃんがやってくれるから。……わたしだって、これくらいできるもん」


 そう言って、彼女は私の動かしにくい右手に、そっと自分の手を重ねました。


「……いたくない?」


 不安そうな上目遣い。私は首を横に振りました。


「痛くないわ。……あなたが無事でいてくれるなら、こんなの、ちっとも痛くない」


 それは強がりではなく、本心でした。


「さて、お遊戯はそこまでだ」


 ヴェールさんの声が、温かな空気を断ち切りました。


「休憩終わり。……次の隔壁までもう少しだ」


 私は耳元の通信機を軽く押さえました。ノイズ混じりのヴィオラさんの声が、微かに聞こえます。


『――聞こえるかい? その隔壁を抜ければ、廃棄区画は終わりだ。塔の管理階層……単色層モノクローム・レイヤーに入る』


 私は立ち上がりました。アイゼンもまた、重厚な駆動音を響かせて身を起こします。右腕の感覚はまだ鈍いです。けれど、守るべき手は、しっかりと左手で握りしめました。


「行きましょう。色を取り戻しに」

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