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色彩搾取の灰色世界で、不器用な魔女は鉄の騎士に命を捧ぐ 〜クロマティック・ウィッチ〜  作者: w.t.
9章:硝子の手と錆びた規律

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第1節:硝子の手と温かいスープ

 暗渠あんきょを抜け、地下迷宮の入り口となる広場に出た頃には、私の感覚はもう、半分ほど死んでいたのかもしれません。


 巨大な通気ダクトの下、風が吹き込まない瓦礫の陰。そこで私たちは、泥のように重い足を止めました。


 「……おい、そこのチビと鉄屑。飯だ」


 不機嫌そうな声が、湿った空気を揺らします。ヴェールさんです。彼は慣れた手つきで携帯コンロの火を調整すると、温まった缶詰の中身を器に分け入れていました。


 「ったく、俺は子守りじゃねぇんだぞ。……ほら、食え」


 悪態をつきながらも、彼は一番具が多くて温かい器を、リアの前にドンと置きます。

 リアは、アイゼンの足元にちょこんと座り込んでいました。小さな手には、汚れた布切れが握られています。彼女はずっと、アイゼンの脚部装甲についた泥を、一生懸命に拭っていたのです。


 「……ありがとう、おにいちゃん」


 リアが顔を上げました。その笑顔は、以前のような屈託のないものではありません。どこか顔色を伺うような、捨てられないための必死さが滲む、脆い笑顔です。

 彼女は器を受け取ると、ふうふうと息を吹きかけ、それをアイゼンの膝元へ差し出しました。


 「アイゼンも、食べる?」


 返事はありません。ただ、赤錆だらけの巨体が、彼女を包み込むように僅かに身を屈めるだけでした。リアは少し寂しそうに笑うと、小さく一口、スープを啜ります。


 「……お前もだ、マシロ」


 ヴェールさんが、残りの一つを私に投げてよこしました。私は慌ててそれを受け止めます。チャプ、と中の液体が揺れ、湯気が顔にかかりました。


 「……あ」


 私は、自分の手の中にある器を見つめました。湯気が立っています。喉がひりつくような匂いが鼻を刺します。

 けれど――熱くありません。

 右腕だけではありません。全身が、薄い硝子ガラスの膜に覆われてしまったみたいでした。みんなの言う「温かさ」は、その向こう側で揺れているだけで、私には触れられません。


 (……そっか。これだけ壊したんだもん、当然だよね)


 私は諦めるように息を吐き、冷え切った指先でスプーンを持ち上げました。その時です。

 ふに、と。反対側の左手に、柔らかい感触が触れました。


 「マシロおねえちゃん」


 リアでした。彼女は私の隣に座り込むと、心配そうに私の左手を両手で包み込みます。


 「て、つめたいよ? だいじょうぶ?」


 ――え?


 ドクリ、と。止まりかけていた心臓が跳ねた気がしました。

 熱いスープの温度は分からないのに。リアの小さな手のひらの温度だけが、驚くほど鮮明に、私の皮膚を突き抜けて伝わってきたのです。じんわりと、痛いほどの温もりが、凍りついた私の輪郭を溶かしていきました。


 (……ああ)


 私は知らず知らずのうちに、その手を強く握り返していました 。世界から色が失われても、私の体が硝子になっても 。この子の体温いのちだけは、まだ私に届くのです。


 「……ううん、大丈夫だよ」


 私は精一杯の力で、口角を持ち上げました。


 「リアの手、すごく温かいから。……それだけで、十分だよ」


 リアと絡めた私の左手を見下ろすように、アイゼンの赤い瞳が、蒼く明滅した気がしました。

 私たちは寄せ合うようにして、冷たい迷宮の入り口で、束の間の「食事」を喉に流し込みました。

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