第3節:残酷な赤、鋼鉄の繭
ぽつり、と。赤い雫が、リアのカサついた唇に落ちました。それは乾いた砂が水を吸うように、瞬く間に彼女の体内へと染み込んでいきます。
同時に、私の指先から腕、肩へと、急激な悪寒が駆け上がってきました。自分の体温がごっそりと持っていかれる感覚。血管を流れる血液が、冷たい水銀に置き換わっていくような喪失感。
(……寒い)
けれど、私はその寒さに安堵していました。色が抜けていく感覚だけが、私が「機能」している証拠だからです。
「ん……ぁ……っ!?」
リアの体が、ビクリと大きく跳ねました。閉ざされていた瞼が、カッと見開かれます。そこにあったのは、いつもの愛らしい黄金色の瞳ではありません。恐怖と混乱に塗りつぶされ、焦点の合わない、壊れたレンズのような瞳でした。
「いや……やだ……おとうさんっ、おかあさん……っ!」
悲鳴。それは熱に浮かされたうわ言ではなく、喉を引き裂くような絶叫でした。私の血液に含まれた「色」は、彼女の体を蝕んでいた砂の毒を洗い流すと同時に、その毒が見せていた幻覚――あるいは、彼女自身が必死に蓋をしていた記憶の深淵を、無理やりこじ開けたのです。
「わらってる……なんで、わらってるの……!?」
リアが虚空を掴むように両手を振り回します。その爪が私の頬を掠め、赤い筋を作りましたが、痛みは感じません。今の私は、氷像のように感覚が麻痺しています。
「わたしを……わたしをすてるのに、なんでそんなうれしそうなの!? いやだ、とうになんて行きたくない、『えらばれた』なんてうそだ!!」
ヴェールさんが息を呑む気配がしました。何も言わず、ただ握りしめた短剣の柄を、指が白くなるほど強く握り直していました。
リアの口から溢れ出したのは、彼女が信じていた「愛されて送り出された」という物語の崩壊でした。狂信者だった両親は、泣いて嫌がる娘を抱きしめたのではなく――塔への忠誠を示せる歓喜に震えながら、笑顔で彼女を差し出したのです。
「あぁ……ああああああっ!!」
真実を直視させられた幼い精神が、悲鳴を上げながら軋んでいます。
(……彼女の瞳が、かすかに光っている)
リアは無意識のうちに、その「黄金の瞳」の力で、押し寄せる記憶の奔流を和らげようとしているのかもしれません。けれど、それでもなお、彼女の小さな器では受け止めきれない。
ズズ……ン。
重低音が響き、私の視界が暗くなりました。アイゼンです。彼の巨体が、ギギ……と軋むような音を立てながら、ゆっくりと私とリアの前に覆いかぶさりました。その巨大な背中で、私たちを覆い隠すように屈み込んだのです。
まるで、これ以上世界が彼女を傷つけないように。あるいは、彼女の慟哭が外へ漏れ出さないように、鋼鉄の繭となって遮断するように。
「……アイゼン」
彼の背中から、微かな振動が伝わってきます。それは言葉を持たない彼なりの、やり場のない怒りなのか、それとも悲しみなのか。
私は袖をそっと戻し、隠しました。右腕の黒い結晶が、また手のひら一つ分ほど、心臓に向かって根を伸ばしていたのを、誰にも見られないように。




