第2節:廃熱の獣、白銀の不在
「……ヴェールさん。あれは、何ですか」
私は、アイゼンの背中に隠れながら尋ねました。
闇の奥から現れたのは、無数の細長い金属脚を持つ、蜘蛛を歪ませたような形の機械でした。節々から黒い油を滴らせ、赤く濁ったセンサーが、獲物を探して不気味に明滅しています。
「スカベンジャー。塔の掃除屋だ……。動かなくなった機械や、死に損ないの人間を『資源』として回収して回ってやがる」
ヴェールさんが忌々しそうに吐き捨て、腰の短剣を抜き放ちました。
禍々しい紋様が刻まれたその刃が、暗闇の中でわずかに呼吸するように光ります。
『規律違反個体を認識。……解体、および精製炉への搬送プロセスを開始します』
回収機が、金属の脚を高速で打ち鳴らしながら襲いかかってきました。
その鋭い爪が私の喉元に届くよりも早く、目の前が青い火花で埋め尽くされました。
ガギィィィィィィィン!!
鼓膜を突き破るような金属音。
アイゼンがその巨大な腕を盾にし、回収機の突進を正面から受け止めていました。
火花に照らされた彼の装甲は、赤錆びてボロボロでしたが、その一歩は地響きを立てるほどに重く、微塵も揺らぎません。
『対象の出力、予測値を大幅に超過。……再計算――』
「再計算なんてさせてやるかよ!」
アイゼンの影から飛び出したヴェールさんが、回収機の懐へと滑り込みました。
彼が短剣をその装甲の隙間――関節部のケーブル束に突き立てた瞬間。
ジュボッ!!
奇妙な吸引音がして、短剣の刀身が赤く輝きました。
ヴェールさんの「奪色の短剣」が、回収機の動力源である微量の色を強引に吸い上げたのです。
『動力低下。……エラー、エラー……』
回収機の動きが、目に見えて鈍くなります。奪われた色彩を補填しようと、機械の脚が虚しく空を掻きました。
「アイゼン! 今です!」
私の声に、アイゼンの眼が一段と強く輝きました。
彼は盾にしていた左腕で回収機の頭部を掴み、そのまま無理やり壁へと叩きつけました。
ドゴォォォォン!!
コンクリートが砕け、火花が散ります。アイゼンは一切の容赦なく、その鋼鉄の拳を回収機の動力核へと叩き込みました。
一度。二度。砕ける装甲の隙間から、濁った油が足元まで飛び散ります。
三度目で、機械の悲鳴が止まりました。
沈黙が戻った通路に、アイゼンの排気音だけが「シュゥゥ……」と重く響きます。
「……はぁ、はぁ……くそ、不味いな」
ヴェールさんが短剣を収め、膝をついて激しく咳き込みました。
彼の指先からは、奪ったはずの色が砂のようにパラパラと零れ落ち、空気中に溶けて消えていきます。
「ヴェールさん。大丈夫ですか」
「……触るな。……お前のその、白くなった手で触られると、余計に寒気がするんだよ」
彼は私の差し伸べた手を乱暴に振り払いました。
私は、自分の白い指先をじっと見つめました。
ヴェールさんの痛々しいまでの「生への執着」と、私の「中身の抜けた体」。
私たちは、この暗い配管の中を、互いに欠けたものを抱えたまま進むしかないのだと、改めて突きつけられた気がしました。




