第1節:西の果ての掃き溜め
西の果てにある、名もなき開拓村。
ここはまだ「色」の戻りが遅く、世界はセピア色にくすんでいた。
乾いた風が吹き抜け、砂埃が舞う。
「……ケッ。どこに行っても代わり映えしねえな」
俺は安酒場のカウンターで、薄いエールをあおった。
不味い。
あの地下街で飲んだ酒の方が、まだマシだったかもしれねえ。
マシロたちと別れてから、三ヶ月が過ぎた。
俺は宣言通り、西へ流れてきた。
ここは無法地帯だ。
塔の崩壊で混乱に乗じたゴロツキや、行き場を失った連中が吹き溜まっている。
俺みたいな「奪うこと」しか能のない男には、お誂え向きの職場だ。
「おい、アンタ。例のブツは手に入ったか?」
店の奥から、胡散臭い依頼主が顔を出した。
俺は懐から、布に包まれた「小さな箱」を取り出し、カウンターに放り投げた。
「……ほらよ。旧時代の浄水フィルターだ。遺跡の瓦礫の下から引っ張り出してきたぜ」
「おぉ……! これで井戸の水が飲めるようになる!」
男は涙ぐんで箱を抱きしめた。
この村は水質が悪く、疫病が流行りかけていた。
このフィルターがあれば、多くの人間が助かるだろう。
「報酬は?」
俺が手を出すと、男は震える手で革袋を置いた。
中身はわずかな硬貨と、干し肉が数枚。
「すまない、これしかなくて……」
俺は鼻を鳴らし、硬貨を一枚だけ抜き取って、残りを突き返した。
「……こんなはした金じゃ、ポケットが重くなるだけだ。肉だけでいい」
「えっ? で、でも……」
「勘違いすんな。俺は身軽なのが好きなんだよ。……釣りはいらねえ、とっときな」
俺は干し肉を齧りながら、店を出た。
背中で「ありがとう、ありがとう!」という声が聞こえるが、無視だ。
感謝なんてされたくてやったんじゃねえ。
ただ、あのガキ(リア)みたいな顔をした子供が、この村にいたからだ。
……チッ。調子が狂う。
村外れの廃屋。
そこが今の俺のねぐらだ。
焚き火を囲みながら、俺は愛用の短剣を磨いていた。
かつては、これで他人から「色」を奪い、自分の命を繋いでいた。
だが、今の世界には色が溢れている。
空を見れば青いし、草を見れば緑だ。
もう、誰かから奪わなくても、俺の色漏症は勝手に満たされている。
「……なまくらになっちまったな、お前も」
刀身に映る自分の顔を見る。
以前のような、ギラギラした飢えが消えている。
あの魔女と、鉄屑と、チビのせいだ。
あいつらと一緒にいたせいで、俺の中の「悪党」がすっかり錆びついちまった。
カサッ。
物陰で音がした。
俺は反射的に短剣を投げた。
ヒュンッ!
刃は、物陰に潜んでいた「小さな影」の鼻先数センチの柱に突き刺さった。
「ひぃっ!?」
悲鳴を上げて尻餅をついたのは、泥だらけの少年だった。
昼間、酒場で見かけたガキだ。
「……何の用だ。盗みなら他を当たりな。俺のとこにはシケた肉しかねえぞ」
「ち、ちがう! おじちゃん、すごい人なんでしょ!?」
「おじちゃんじゃねえ、お兄さんだ」
ガキは鼻水をすすりながら、俺に縋り付いてきた。
「お願い! 僕の父ちゃんを助けて! 東の渓谷で、魔物に襲われて……!」
魔物。
塔が崩壊しても、まだ暴走した自律兵器(アイゼンと同じ旧時代の遺物)や、変異生物が残っている。
関われば命はない。
「断る。俺は便利屋じゃねえ」
「お金ならある! これ!」
ガキが差し出したのは、綺麗な色のついた「ガラス玉」だった。
子供の宝物。市場価値なんてゼロだ。
俺は溜息をついた。
拒絶しようとして――ふと、あの時のマシロの顔がよぎった。
『私は欲張りだから! 世界も、アイゼンも、みんな救う!』
「……まったく。毒されてんな、俺も」
俺は柱から短剣を引き抜き、鞘に収めた。
「案内しな。……そのガラス玉、高いぞ」




